low days

Kyoto Japan PIANOGIRL vo. diary

無題

しばらく書いていなかった。

働き、そこそこに遊び、飯を食い酒を飲み煙草を吸い。そうだ。最近はよく音楽を聴くようになった。Spotifyの月額プランを始めたことがきっかけだが、世界中の音楽への興味を満たしてくれる良いアプリだった。その国の歴史を、その悲哀を音楽に感じ取ることが出来る。旅への欲求は高まる一方だ。

今年は7月になっての梅雨入りだった。まだ少し肌寒い夜がある。今月はライブが少なく平日の休みが多いようだ。ある日には散歩の足でもみじに立ち寄り一人で酔っ払った。帰りにブックオフで本を二冊買った。ヒトラーに対抗した人々についての本ともう一冊は人道支援を行う日本人女性がイラク武装勢力に拘束された日々を綴るもの。昨夜は後者の方を読み進めた。イラク入国の際パスポートにはナツメヤシのイラストが押印されるとある。俺たちには馴染みのないナツメヤシだがお好み焼きソースの原料としてデーツという名で記載されているらしい。実際町へ入れば駐留軍の戦車にことごとく踏み倒されたナツメヤシが見るも無残な姿で横たわっていると書かれていた。また当時のイラク人としては日本の''自衛隊''という曖昧な表現に相当な反感があったという。本当の戦争、本当の暴力が日常に在る彼らからすればその怒りは当然なのかもしれない。さて俺がこんな所でこんなことを書くのも気味が悪いか?俺も皆がそうするように普通にテレビドラマを見ておけば良い?読み進めるうちに、筆者の平和への想いと現地イラク人との間にズレがあるように感じてならなかった。神の子である人間私たちは全てを許し愛し合おう。戦いじゃない道を選べるはずだ、とする筆者。こいつは大馬鹿間抜けなんじゃないかと俺は思った。暴力と共に生きるしかなかった人間にそれ以外で道を作れなど偉そうに言うその言葉も暴力だ。自らに安全なる帰る場所がある限り、旅先での不自由さや恐怖なんて人生のトッピングみたいなものに過ぎないじゃないか。それを言うだけの責任は帰化し故郷喪失してからじゃないと払えない。俺は腹が立っていた。もう何年も前の本なのに。眠る前に興奮するとよくない。今度は新刊で似たような題材を扱った本を読みたいと思っている。

今年の夏は帰省の予定を決めた。盆の時期に墓参りをするのは久しぶりだ。愛犬2匹の墓にも綺麗な野花を見つけて添えてやろう。

先日ピアノガールの新曲の形がやっと見えてきた。詩はまだ書けない。今はゆっくりやりたい。メンバーが音楽を楽しんでる感覚がある。それは大切なことで、俺の思う最大のやり甲斐であり唯一くらいの目標だ。今年の夏はライブが少ないがその一本一本に気負いもし過ぎず緩過ぎず、俺たちらしく行こうと思う。俺らしく。