low days

Kyoto Japan No Fun / PIANOGIRL vo. diary

九州遠征の記録③熊本編

ベランダの洗濯物を見ている。今、5月31日の正午。帰宅と同時に遠征で着た服やズボンを一気に洗って干した。その嘘みたいなベランダを一人で眺めている。今日は夕方から仕事だ。こんなにも自然に暮らしに戻っていける自分をもう一人の自分が驚いている。俺は最近思う。夢のような旅も、烈しい炎の中にいるような夜も、すべてこの平凡な暮らしと同じ地平線上にあって、そのどれもに自分自身を濃く介していくだけなんだと。車中で書き溜めた旅の記録はもうあと僅か。いつものように書き残す。

 

5月30日(月) 14:17 熊本NAVAROに到着。少し湿気を感じるが良い天気。建物に分かりやすい看板が見当たらず、当てずっぽでパーキングに停車。入り時間までまだ2時間弱ある。

とりあえず全員腹が減っていた。昨夜福岡でエモくんに教えてもらったカレー屋がNAVAROのすぐ隣にあるのを確認出来たんだが、なんというか俺たちにはお洒落過ぎな感じがして萎縮してしまう。なにより中にお客さんが一人いて、多分俺たち7人は気をつけていても下品でうるさくなってしまうので入店は危険と判断。熊本まで来て人に迷惑をかけたくない。

歩き始めた。風は乾いてきてる。知らない街では曲がり角で地図は見ずに直感で進むんだ。駅の方に出る。横路地のラーメン屋にした。あっさりとした冷やしラーメン。俺は少し猫舌で、すすると必ずむせるので冷たい麺の方が好きだ。店内は白壁と木目で清潔感があり、なにより静かなのがいい。店員さんは穏やかな口調で丁寧な対応。こんなに静かな食事は久しぶりな気がする。途中隣の席に座った3人組の一人が瓶ビールを飲んでいて、さっきまで二日酔いだったのにそれが妙に美味そうに見えた。

俺たち、食い終わって順に外へ出て行く。最後の小椋が店員さんとなにか話している。京都からバンドで来ました、とかなんかそういう風な話題なのかな。店員さんはこちらへ笑顔で頑張ってください、みたいなことを言ってくれた気がした。さて、煙草を吸いながら再び歩き始めた。

15:42 たぶん駅近くの裏通りのような、若者向け服屋が並ぶひっそりとした道に出て茶色い看板のファミマでアイスやコーヒーを買う。アマネは酒を飲み始めた。いや待てよ、彼は確か今朝福岡を出た時から車内で韓国焼酎のような瓶酒を飲んでた気がする。いつもならラモも朝から飲み始め常に缶酒3〜4本を持ち歩いているんだが、今日はラモも運転手の一人。京都への帰路を分担してくれる予定だ。アル中が酒を飲まずに一日をどう乗り切るのか見ものだ。でもほんとに、たまには休肝日が必要だと思う、ラモもアマネも。

商店街へ出た。楽器屋に寄ってトイレを借りた。石の犬の面々と再会する。彼らとは今日も一緒にやるんだ。エモくん、折角教えてもらったカレー屋だけどごめんね。またあとで、と言って別れる。あらかじめ関係性があったバンドと二日連続でやるのとはまた違った、妙な連帯感を感じる。名前を知っておきたいような、知らないままでもいいような。

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リハ前に今回連絡を取り合ったNAVAROの潤さんに挨拶出来た。

ある日ケイタさんと電話していて、折角九州を回るので良いハコないっすか?と尋ねると本当に即答でNAVAROやねぇ、と。俺もそれからスケジュールを見たり機材リストを見たりして、確かに音楽へのこだわりやシーンの強さを感じていた。潤さんは熊のようにデカくてハゲで声もカスカスで、あの灰皿を持って暴れる吉本芸人みたいな、俺は勝手にそんなイメージをしてたんだがまるで違った。なんであんなイメージをしてたのか、今これを書きながら分かったが単純に''熊本''から連想しただけなのかもしれない。

実際の潤さんは忍者のようだと思った。静かに話し淡々と仕事をし、広いNAVAROの敷地を音もなく駆け回っていた。

リハが終わり皆は機材車へ戻った。俺は楽屋のソファで横になる。目を瞑ってみる。少し寝ときたかった。

18:49 熊本城の近くまで一人で散歩していた。雨が降りそうだ。城の敷地を囲むように流れる川を見ていた。俺は川が好きだ。知らない街へ来て散歩をして、川はありますか?と通行人に尋ねるんだ。出来れば立派なやつじゃない方が良い。街の片隅を指でなぞられたように流れる小さな寂しい川。19時から最初のバンドが始まる予定。戻ろう。

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24:32 さっき熊本の皆に別れを告げてNo Funの機材車はNAVAROを発った。熊本という街の、その音楽に集う人たちの真心に沢山触れることが出来た気がした。

ライブの内容自体についてはここでは書かないようにしてきた。対バンについてもあまりここで書きたくない。俺はネット上の文字を信用しない。今回の九州遠征記録も沢山の良いライブを見たし自身もやったが、そのどれもが言葉にすることは出来ない。ただの記録として書き残すことに注力する。

熊本へはケイタさんと、昨夜四次元で照明をやってくれた見習いの若い子が2人で遊びに来てくれていた。彼はNo Funの黒色のTシャツを買ってくれた。

これだと仕事中も着れるんで。彼は嬉しそうにそう言う。

派手な色は着たらあかんの?

将来PAをしたい。その為に今研修を頑張っていて、一人前になるまでは黒色の服しか着たらダメとケイタさんに言われてるんです。

今でこそ前時代的だと言われることも多い''タテ''の概念だが、彼らの爽やかな関係性の前にそんな概念は白けるほど無用だろう。金髪坊主で、小椋となんだか似ている彼とはまたゆっくり飲めたら嬉しい。

福岡でお金が足りずパーカーを買えなかった女の子がいた。今夜仕事が終わって熊本まで新幹線で来たらしい。ライヴも間に合い、パーカーも無事に渡せた。彼女はAgainst new eraを聴いて一枚の絵を描いたと言う。写真だけ見せて貰ったが素晴らしいものだった。きっと実物はもっと良いんだと思う。

黄色いNo Funパーカーを2枚お揃いで買ってライブ中も着てくれていた女の子二人は並ぶとまるでミニオンみたいだった。俺は酔ったらぬいぐるみを買ってしまうほどミニオンが好きなので彼女達を羨ましく思う。熊本の音楽が本当に好きなようで、楽しかった楽しかったと言いながら二人仲良く帰っていった。

石の犬Vo.シンカイさんのやっているディストロにNo FunのCDも委託してもらえることになった。俺もそのディストロの中から一枚お任せで購入。USハードコア。今聴きながらこれを書いていて調子が良い。彼とも面白い話をたくさん出来た。その間NAVAROの壁に立てかけられていた大きな絵がずっと俺から見えていて、その混沌とした作品を前に写真でも撮りたいと思っていたがすっかり忘れたよ。

潤さんとも再会の約束をしっかり出来たと思う。ライブで叩きまくってベコベコになった一斗缶をNAVAROにお土産だと言って渡した。荷物を減らしたかったというのも少し本音で。

そして今回の九州遠征の立案者、四次元店長ケイタさんともお別れだ。また競艇場に連れて行ってね、と俺は最後に言う。

フルメンバーでは来れなかったが今のNo Funを九州の地でしっかりと表現出来たという自負がある。

これで思い残すことは無く帰れる。

帰りの運転はNJ、長友、ラモ、濃和田の四人が交代でやってくれる。ありがとう。

高速に乗る前にコンビニへ。俺と小椋とアマネはビールやらを買って楽しむ予定。ラモは運転が終わって飲む用に3〜4本を買い込んでいた。

京都へ帰ろう。

車は出発した。

それからも俺たちはずっと’’ずんだれ’’の録音を聞いては大爆笑だった。最後部、機材の山の脇に作った仮眠所では長友が横になっている。眠らずに笑っているのが分かる。

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4:28 佐波川PAでトイレ休憩。運転はNJからラモに交代。さっき少し寝て、空はうっすら明るい。皆んな疲れているはずなのにまだゲラゲラ笑っている。ウケることが沢山あったからな。忘れたころに誰かが携帯で’’ずんだれ!’’を鳴らすとその度に腹が痛いくらい笑った。

5:18 山口を抜けようとしている。すっかり明るくなってきたが深い霧。真っ白な一本道を進んでいる。

6:10 運転手はラモから濃和田に変わっていく。霧も晴れビシっとした朝晴れの中を走っている。もう広島の真ん中らへんか。アマネは人間が出来る限界の恰好で眠っている。小椋は何故か腰から上を直立不動で寝てる。それはなんでだ。

突然「っしゃ!」と言ってラモが酒を飲み始めた。

8:10 岡山のSA。長友の運転に代わる。最後の交代になるかな。

9:30 龍野を過ぎたのでもう京都まではすぐだ。帰ってきた感じがする。少しの雨。他に車は少ない。

10:41 GROWLYに着いた。二条のスーパーを左折する時、旅の終わりを実感した。良く晴れた昼前。機材を倉庫に入れてゴミを捨てて車を掃除する。2500kmを走破したすごいやつ。一枚写真も撮った。まだどこかで’’ずんだれ’’は聞こえてくるようだ。

最後解散して俺はビルの中に少し用があったのを思い出す。しばらくして表に戻ると小椋のリュックがぽつんと駐車場に忘れ去られていた。本人に連絡しようにも彼の携帯は壊れていて外では連絡がつかないんだ。三日間の遠征に出たのに帰り道が手提げカバン一つという異常に彼はいつ気付くのだろうか。