low days

Kyoto Japan PIANOGIRL vo. diary

無題

 

6月2日 23時に帰宅。tedが食事を作ってくれていた。以前植物屋で買った小さなシソの木があって、最近はその葉を摘んで料理に使っているようだ。食事と会話を終え早めに眠ることにする。電気を消してこれを書き始めた。

昨日は朝の8時まで飲んでいて、仕事はさすがにフラフラだった。夜になってやっと本調子が出てきて、疲労感が妙な充足感に変わっていくのを感じていた。theoremのライブはとても良かった。胸に込み上げるものに名前をつけられなかった。

俺たちは喜びを知って悲しみを唄うんだ。何の為かはもう忘れた。こんな風に理由も無く続いていくことが他にあるだろうか。吸いたくないのについ手に取る煙草のように、燃焼が途切れないまま。自分も他人も狂ってる。世の中とはそういうものだ。吐く息は毒。出す糞も毒。食う飯も毒なら、生きながらに死に損なってるだけさ。でも信じるものがあれば、毒が効かない身体になる。響かない部屋でも自分の心は聴いてる。

眠ろうとして目が冴えてきて、詩を書いていたらまた朝が来そうな時間。詩は数行書いただけで、そのどれもに納得は無い。tedの寝息以外何も聞こえない部屋で薄明かりが俺一人を照らしていた。

連休は二日間の休みとライブが一本。

5月1日 琵琶湖の湖岸に来た。火を起こし肉や貝を焼いて食った。tedと二人だったので食いきれず少し余ってしまう。いつもこうだ。スーパーで買い出す時には自信満々に食える気でいるんだが。俺たちの煙が向かう先に釣り人が数人居た。誰もが10分ほど糸を垂れては何の反応も得られず場所を変えていく。ひとりのおじさんが話しかけてくる。

良い匂いだねえ。朝に来てたら1メートルの鯉を見れたのに。へえ!釣ったんですか? そうさ、神奈川から鯉を釣る為にやって来てもう2週間そこの駐車場に寝泊まりしながらやってるんだべ。だべ、という関東訛りが耳に残る。竿は投げ放しで、夜寝ててもセンサーが付いてるから大丈夫。おじさんはニコニコ笑いながらそう言う。

夕暮れていく頃には寒さが出てきた。俺たちも今日は車で眠ることにしていた。食事の片付けをして駐車場へ戻るとさっきのおじさんも飯を食ってた。暗闇の中、何か肉の塊のようなものをナイフで切って食ってた。俺は軽く会釈して車に入る。俺もtedも身体が小さいので軽自動車でも充分車中泊が出来た。

一眠りして22時頃に目覚める。少し小腹が空いたのでミニボンベでスープを沸かしパンを浸して食った。スーパーで半額だったブドウをつまみながら少しの時間tedと話した。何を話したか覚えて無いが湖のほとりで静かな心落ち着く時間だった。この日は疲れていて、それから再び眠った。

朝方4時頃公衆トイレへ行った。真っ暗で寒かった。ふと湖岸を見るとおじさんの竿(3本ある内の1本)のセンサーライトが赤色に点灯していた。センサーは携帯にも反応するから大丈夫と言ってたがおじさんが起き出す気配は無かった。こんな時間だというのに遥か向こう岸の街はチカチカと明るくとても綺麗だった。俺は車に戻ってもう一度眠り始めた。

翌朝はtedの実家でシャワーを借り2〜3時間ゆっくりさせて貰い昼前には出発した。帰りは電車だ。そしてもう真夏のように暑かった。すぐ電車に乗る予定だったが涼しげなビールの看板を見つけ駅前の小さな食堂に入る。ビールとチューハイ、どちらも糞ほど冷えていて美味かった。それからホームで電車を待つ間も木陰や線路に夏の訪れを見つけていた。

この日も俺は休み。夕方からライブを見に出かけた。今出川まで歩いていく。途中缶ビールを買って飲みながら歩く。NJが事故で記憶喪失になった時に運ばれた病院を通り過ぎ、何軒か嘘臭い飲み屋を覗きながらソクラテスに着いた。openまでまだ30分もあったのでスーパーでハイネケンを買い賀茂川まで行ってベンチに座った。顔の周りを羽虫が飛び交うが少し酔った俺にはどうでも良かった。少しして豪と落ち合う。彼も初夏らしく革ジャンの袖を切り落としていた。

イベントの転換中は濃い目の水割りを、ライブ中はビールをそれぞれやりながら俺は楽しんだ。DEEPCOUNTもwarheadも、それぞれがそれぞれの想う故人へ曲を捧げていたのが印象的だった。五月は死の季節かな。俺にも思い当たる人がいた。それはもう少ししたら書く。

夜は毎日あっという間に過ぎる。帰り道ふらふらになりながら川沿いを歩いた。生臭い川の匂い。すれ違う人はいただろうか?タバコを反対に火を付けてしまい一本を無駄にした。それは覚えてる。あとはどうでも良い。なぜか妙に忘れられないこと。誰しもそんなことがあると思う。俺はそれだけを大事にしまっておきたいと思う。衝撃や感動は忘れてしまいたい。理由の無い経験こそ面白い。文章がこのような方向に傾くと俺はどうも苛立ってくる。糞にもならん嘘物の情熱へ。それを疑わずして受け入れる思慮浅き者達へ。空疎なる者達へ。俺は何故いちいち腹を立てる?自分のことで精一杯のはずなのに。俺は本当はこんなに苛立っていたくない。

ライブは4日。theorem gt.明和さんの三回忌だった。今年から俺はこの日を主催側として過ごすことになる。PAもやった。案の定糞疲れた。動員は反省の一言。内容は満足の二文字。関わってくれた人は持ち帰ったであろう気持ちがあると思う。うまく言葉に出来ないことこそが大切にすべきことだ。俺はね、本当にそう。最近はライブで喋ることが面白いほど自分にも強烈だったりする。何の制御も無く喉から弾け飛ぶ言葉が一番良い。(良い、とはあくまで俺個人に対して) 何かと闘っている。それが何かはどんどん分からない。音楽は好きにやれば良いだけの単純なもの。心は、分からない。

令和を待たずして他界されたミチロウさんにも俺は深い哀悼の念を抱いている。深い深い鮮明な光景を俺はいつでも思い出せる。俺はまだ死なないと思うが、死ぬかもしれない。分からないことが面白いという理由の根底はそういうことかもしれない。

写真は対岸の街と漆黒の湖。

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無題

4月の終わりは無味乾燥としている。多くの人はもう5月を待ってる。21日よく晴れた昼間の星池公園に居た。ライブを控えた俺と火暗し、二人でベンチに座っていた。それにビールと缶コーヒーが並ぶ。2〜3年前共にA級をやっていた頃は毎日のように顔を合わせた彼。どうでもいい話は無かった。生活、音楽、表現、そのどれもが自分の目で見てきたことであり、人に会って話したいことの全てだ。時折やってくるサッカー少年達の暴れ球に会話が遮られることさえどこか心落ち着く感じがした。こんな日は5月だ。まだ4月のはずだったが。

先の話をすれば夏前に鹿児島遠征が決まった。東京でも二日間のライブが決まりそうだ。今はローストブレンドを巻いてるがその頃にはまたバニラフレーバーを吸っていると思う。俺は西日本へ望郷の想いがある。悲しい歴史を持った西の街へ行く度、俺は必死に何かを持って帰ろうとする。住み慣れた自分の街で糞にもならん毎日なんて当然。文句は置いていけ。自分自身に正しく生きる奴を見ると俺もまた靴紐を結び直せる。どうしたら良い?どうにもならんよ。大切なのは作り続けること。それくらいだと思う。前進と言い換えることもあるが、日々に身を淀ませたまま作り続けるという姿勢に最近は惹かれる。ふと何となくそう思うので''惹かれる''と表現する。

日付が変わり24日の午前4時半に書く。今日はSOOZOOのイベント。夜鳥の号令は俺がベースとしてバンドに加入してから始まった。今夜も四条烏丸を酔っ払って歩くだろう。大きな声も出すかもしれん。もし君が彷徨うようにして辿り着いたのなら、お湯割りを飲めばいい。浮ついた仕事も、人に言えない秘密も、癒えない過去も、身体を温めればほんの少しはマシだと思う。

theoremのアルバム発売日だ。明和さんの遺書にあった「胸の熱くなるようなアルバムを」という勝手な約束を昂然と果たしたtheorem。ファイヤーバードが鳴る。聴こえてくるのは英雄的でも悲劇的でも無い、唯何らかの意思を持った音。人間がやる必要性が奪われ始めた頃、光を失わない音。

無題

明日は雨が降るという。冬の残党が猛威を振るうとも聞いた。さっき外で雨音がしたような気がしたが、今はそんな気配は無い。日付が変わり4月10日の深夜1時半を前にした頃。tedは気持ちよさそうに眠り、俺はブコウスキーを読んでた。そして少しだけ書いて眠ろうという気分になった。

自分の中にどうしようもなく燃え立つ想いがあり、しかし強固な自制の内にそれが静かな炎として揺れている。大空に立ち昇る爆炎と、雲のように形を変えるアイデア。それが俺が俺を放さない興味。糞面白くもない他人の表現に心が騒めくことすらが空疎。

俺は旅に出たい。全てが終わって目的も滅した時、旅というものだけが導いてくれる気がする。他には何も無くなったようだ。そんなことって最高じゃないか!現在というものはどうしても薄手なチリ紙みたいに思える。燃えもすれば見失いもする。それは極簡単に。

昼間、もう何年も会ってない東京の知り合いに電話をしてみた。なぜ思い立ったのか自分でも分からなかったがそうした。電話は通じなかった。留守電にメッセージを残してみたが未だ折り返しは無い。東京に居ながら孤島で暮らしているような、断絶的な人だった。今は夫婦で病を分かち合いながら生きているらしい。夫婦でバンドをやってたし、素晴らしい音だった。俺は彼の、彼女の、声が聞きたい。明日再び電話をして反応が無ければ時間を空けようと思う。重荷にさせたくない。

 

無題

18日 仕事が終わり、22:00。それから一人でスタジオへ。ここ最近を振り返ってみると、素直なまま反射するように歌うことが俺には大事になってきている。つまらん時はつまらん。飲みたい時は飲むさ。こんなのっておかしいだろ?おかしくない?あんたにも笑って欲しいんだけどな。

19日 仕事は休み。午前中のうちに銀行で用事を済ませる。煙草屋にも寄って今月分の巻き煙草を買った。雨が降りそうやね?店員のおばさん。もう既に少し降ってた。春雨のような、暖かな町に乱反射する小さな雨粒だった。

家に帰って映画を見始める。男はつらいよの何作目だったか忘れたが、山陰が舞台の回。ヒロインの父親は小説家で、彼が吸う缶ピースが妙に美味そうに見えてそんなシーンになる度に俺もベランダに出て煙草を吸った。

日が暮れる頃tedと街へ出る。市役所の通りの奥まった所にある淡路島料理店に入った。そこで一杯だけ飲んだ。小汚いカウンターに座れば厨房の焼き場がすぐ目の前で暑くて仕方なかった。最終的に俺はシャツ一枚だったね。

その夜は村島洋一のライブを見た。終わってからも店で飲み続け、帰宅したのは3時頃だったと思う。一人でふらふら自転車を漕いで帰った。頬や耳を冷たい風が切りつけてくる。この夜、詩人choriと久しぶりに会って話した。言葉を生業にする人は何の気無い会話にもその端々に面白い表現を聞くことが出来る。比喩だったり、俺はこう思うんだ!という意思表示に清涼水のような爽やかさがあって、会話は進んだ。

帰り道という時間が好きだ。酔っ払ったら尚更で、ああ!でも心配事はどこまでも付いてくる。玄関扉を開けてすぐ閉めても、中まで入ってくる。眠ろうと目を瞑ればそいつと二人っきりになってしまい、むくりと起き上がった俺は多分情けない顔をしてると思う。寝酒が要る。まだ焼酎が残ってたと思う。

四日間の記録。どうしても心落ち着かぬ自分と。

京都、大阪、八王子、新宿の四日間が終わり今はこうして足を伸ばして眠ることが出来る。

京都に帰って来たのは12日AM5:00頃。

八王子へ向けて京都を発ったのが9日の夜中だった。俺はとても疲れていて酒を飲む気にもならず眠ることにする。運転はファイター。いつも安全な爆速をありがとう。

4時頃だったか、どこかのSAに車は止まった。運転がNJに交代される様子。外は寒そうなので俺はそのまま布団を被っている。

5時を過ぎ辺りが少し明るんで来た頃、八王子に到着した。漫画喫茶の駐車場に停車し皆で外へ出る。気温は低く少し風もあり寒い。空が広い。コンビニで買い出して車へ戻った。運転組は漫画喫茶へ。豪とカイシュウと俺は機材車に残留。いつもの流れだ。缶ビールを飲み干して、車内に転がってた焼酎をお茶で割って飲み始める。最近は麦ばかり飲んでたので芋臭さが気になった。静かな朝だった。隣町のような街だと思った。おそらくあと数時間もすれば向かいの公園で遊ぶ子どもの声が聞こえてきて、俺の知らない街になる。

ライブハウスは繁華街のど真ん中にあった。RIPSは5〜6年ぶりの出演。楽屋に隣接するsenseless recordでNJが早速何枚か買ってた。俺も後で行って気になるやつを一枚買った。

何年やっても、どんなイベントでも、俺は自分の出番まで心落ち着かないでいて、自身への重圧?暗くどんよりしたものに押し潰されそうになってる。飯が食える日と食えない日がある。ブーツの紐を締めると気分は少し楽になる。

打ち上げ途中で俺たち五人は次の目的地へ向かって八王子を発つ。雨が降っていて、機材車は走り出した。俺は酔ってて騒がしい車内。新宿へ。

いつもの小便臭い駐車場に着いた。街は賑やかしく、雨さえ相手にされてない様子。皆で飲みに行く店を探しに出た。九州料理が食える店に入り刺身とビールをやったね。あれが美味いこれが不味いなど言いたいように言って飲んでた。店を出る時レジで貰った飴玉を、通りを行く若い女二人にあげたら喜んでくれた様子だったが、それが何だっていうんだろうな。俺が最初にあげて、すると皆んなも次々にあげてた。女二人は多分10個以上飴玉を貰ってるはずだ。f:id:pianogirl292:20190317110402j:image

その晩も俺は機材車で眠った。激しい雨音が街の喧騒をかき消してくれるようで、普段なら有難いんだろうがこの日はそれが勿体ないような気分だった。

翌朝、車の周囲で人の声がして目が覚める。警察が3〜4人車を囲んでいた。デカくて汚い、どう見ても怪しい俺たちの車へようこそ。俺はうすら目を開けて彼らを見ていた。彼らも窓に顔をひっつけながらこちらを見ていた。しばらくすると何の気配もなくなり、俺はそのままもう一度眠ったと思う。

歌舞伎町の駐車場を出発してWildSideTokyoに着いたのは15時過ぎだったと記憶している。DEEPCOUNTのリハを見て、今日此処に歌いに来れて良かったと強く思った。俺たちもリハを終えて、ファイターとカイシュウと風呂屋へ向かった。新大久保のコリアンタウンにある綺麗な風呂屋で、刺青者も歓迎されている。俺は何も入っていないが二人はデカイのが入ってるからね。それにしても東京の湯は熱い。俺はいつもゆっくり浸かれない。

夜、全ての演奏が終わり俺たちも帰りのことを考え始めた頃、やっと心が穏やかになるのを感じていた。京都へ帰ろう。合言葉のようにそれを言って車は走り出す。ネオンをくぐり抜けていく。この日は3/11。こうして日々を重ねていけることがどれだけの悲しみの上に成り立っているか。命が続く限り、悲しみはずっとだ。その普遍の前には、まぶたをゆっくり閉じるようにして。俺たちはそうしてみせるしかない。

無題

愚鈍な月日を過ごしていた。今、再び俺は俺を取り戻した感覚の中。季節は厳しい冬で、依然霧中のようにお先は真っ暗よ。それでも腹は減るし心乱れ、全身がこう言う。進め、と。進まなければあれもこれも未解決のままで、自身に顔向け出来ようも無い。

ただ時折、冬枯れた陽射しのような安らぎの一日一夜があり、その度に俺は自分の向う見ずさや無鉄砲な振る舞いを優しく肯定されたような気になれる。随分自分勝手なことだが、それは確かにある。

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