Tour of 九州 2025記録
夜走りを終え福岡県博多市に着いたのが朝の5:30だった。立体駐車場に車を停めて長い移動は一旦終わり。皆は飲みに出たり飯に行ったり思い思いに過ごし始める。俺は少し汗ばんだ身体のまま車で眠る。10月11日 街はよく晴れた一日の始まり。
14:00 ライブ会場のpublic space四次元に機材搬入を終えて店長のケイタさんと再会。PAは以前は見習いとして無給の修行中だった鎗野君。もう3年前だった。今では四次元のメインPAとして頑張っているという。いいね!リハが終わり四次元の階段下でケイタさんと話した。俺たちの足元には一匹のゴキブリが這い回っている。会ってなかった間の出来事を報告し合って、そうかそうか、やはりそうだよな、とか。ゴキブリはマンホールの中へ戻っていった。さて、俺たちも今夜を始めようか。
イベントが始まり、そして終わった。
沢山の人がNo Funの新しいアルバムやTシャツ、俺のソロ作品を買ってくれて、本当に感謝だ。その内の幾人かとは話も出来た。その中に最近事故で片目を失明したという若い男がいた。俺は聞く。ひとつの目で見る世界はどう?彼は答える。世界?に対しては、あんまりよく分からないです。でも世界からの俺を見る目が変わったように思います。
打ち上げは皆んな床に座ってコカレロショットを流し込む。汚い床がこんなにも愛しいものだと、誰も教えてはくれなかったはず。しばらくしてNo Funメンバーの年長組は焼肉へ行ってから宿へ向かうという。ラモやカナタ、清水、コワダ達若い連中はクラブへ踊りに行くぜ!と元気な様子。凄いね。奴らは本当に凄い。楽しいことへ注ぐ情熱の純度。俺はSax.海とケイタさんともう少しハコで飲むことにする。今度はバーカウンターに座って。煙草を分け合い酒を振る舞って貰い、楽しい時間を過ごした。ケイタさんと鎗野君の師弟関係、兄弟のような姿に胸が熱くなるようだった。
宿はアパートの一室で雑魚寝。海と二人で天神の街を歩いて帰り、就寝は2:00だった。先に戻っていた稲毛とカーミは大きな観葉植物の下で眠っている。部屋の電気が薄らついたままだ。たぶん俺たちの為にそうしてくれていた。

8:00 起床。駐車場へ。めいめい集まって来る。これから鹿児島へ約4時間の移動だ。ベッドで眠れたので体調は良い。インターを入ってすぐ車窓から福岡競艇場が見えた。昔ケイタさんと遊びに行って俺は3000円を勝った。あの日瓶ビールを飲み芝生に寝転んでいた。ボートレースの轟音が心地良い午後だった。俺は京都に帰ってからBoatって曲を書き始めた。このツアーが終わったら途中やめになっていたそれに再び手をつけようと思う。
13:30 鹿児島SR hallに到着。それにしても2バンドで回ると凄い機材の量だ。12人でやっても皆んな何度も往復する。SR hallはピアノガールのツアーで来た以来だった。桜島を展望出来るベランダの喫煙所へ出た。ここは日本屈指の喫煙所だな。四次元の階段下や高松TOONICEの表階段で吸うタバコも好きだ。リハを終えたら一人散歩へ出た。まず飯を食って、それから夕暮れへ向かう天文館をほっつき歩いた。途中ライムライトという喫茶店を通りがかる。この夏、ちーこが脚本演出した長野を舞台にした演劇に楽曲提供をした。ライムライトというペンションを舞台にした父と子の話だった。俺は店の扉を開けたが、満席だったようで呆気なく断られてしまった。どこかでもう少し休みたかったがライブハウスへ戻ることにした。

最初に演奏したのはまだ十代のバンドだった。十代特有の焦燥感そのままに小さな嵐が過ぎ去る、そんなライブだった。俺は色んなことを考えた。旅先の劣悪な環境と少ない睡眠時間でもまだまだ強烈に動ける自分の身体や歌い続けれる喉のこと。その反動に、音楽以外を何も頑張ることが出来ないこと。今回のツアーは各所頼み込んで自分のソロもやらせて貰った。三日間合計9ステージ。俺は音楽に付随するあらゆることを当たり前なこととして落とし込みたい。挑戦ではなく、平常。非日常ではなく日常。「私は音楽になりたい」誰かが言ったアホみたいな定義を、まずこれを不可能と自覚することから始めよう。俺自身に問う。
小屋での打ち上げが終わり夜の天文館へ群れ出た俺たちは焼肉屋でたらふく食ってもうふざけてばかりだった。宿に着いたら屋上で最後の乾杯と煙草をやって、俺は引き上げた。眠ろう。


今、深夜のフェリーに揺られキングクリムゾンのI Talk To The Wind.を聴いてる。数人は休み、数人は円になって九州の焼酎を飲んでる。出航の白波を眼下に潮の香りとハーベストバニラの煙草を目一杯吸い込んで俺は今ここにいる。最終日の宮崎でのライブを終えて帰路に着いてるところ。大分港からフェリーに乗って愛媛まで。そこから陸路を6時間走れば京都だ。宮崎の街をとても楽しみにしていたがフェリーの時間が迫っていて、日中コンビニまでの30メートルを歩いたのみだった。コンビニに200㎖ほどのショート缶ビールが売ってた。最終日に丁度いい量だと俺も皆も嬉しそうだった。

峠道を抜け四国の高速道路をひたすら走り、淡路島ハイウェイオアシスで日の出を迎えながら朝飯を食った。皆んな疲れを乗り越えた先の様子。京都に着いたのは8:00過ぎだった。機材をスタジオの倉庫へ戻し物販は青い心へ。火曜日の朝の風景に今どうやっても溶け込めない俺たち。最後俺と長友さんで二台のレンタカーを返却し終え、九州ツアーのすべてが完了した。

レンタカー屋を出た瞬間に俺たちは缶ビールを開けて乾杯。お互いの家まで飲みながら歩いて帰った。今日は何するの?長友さんは答える。ベースの練習をするよ。
長友さんと別れてから俺はスーパーへ寄り今夜の食事の買い出しを済ませた。帰宅してそのまま洗濯を回し三日間の服を洗う。洗濯が終わるまで散らかったおもちゃを片付けて洗面台を掃除。酷く疲れていたが不思議と家事が苦じゃなかった。それからも色々をして、結局眠ったのは昼過ぎだった。
無題
しばらく書いてなかった。たぶん、書きに来た理由は「その隙間」が出来たからだ。さっきまでヘッドフォンだった。今、秒針の音だけが聞こえる。
棚の上、今年の夏に買った植物が枯れ果てている。たしか肩書きがあって、「幸せの木」とか。なんだそれ?怖いもの見たさで買ったら、やはり放置してしまった。観葉植物は少々世話をサボっても忘れた頃に水をやり太陽を浴びせると活き活きと取り戻し、毎度そのタフな様に慰められてきた。ナゼ幸せの木は枯れたのか。忘れ去られた粘土細工みたいなそれがこっちを見てる。
COMUSという70年代イギリスのサイケバンドのデビューアルバム。ゴロウさんのBGMで知ったそれをネットで購入し、届いて聴く日を心待ちにした一週間だった。スピーカーの前に座ると息子が横に来る。一緒に聴くか?彼は愉快そうに首を縦に振る。2曲目からもう怒涛のプログレッシブ展開で、息子はアンパンマンがどうたらこうたら騒ぎ始める。サイケフォークとブロック遊び。奇妙な夕暮れ。
それからtedも連れて買い物へ出る。俺は風邪薬の副作用で酷い眠気。風邪なのかまだ分からんが服用してみた。九州ツアーを控えている。
深夜 1:45 今日最後の行。少し前のフィールドレコーディングを曲にする。納得もあり、ひと段落してコンビニへ歩いた。駐車場でハイボールを一缶飲んで煙草は二本。その曲を確かめるように聴く。すると一人のジャージの女がおでんを買ってコンビニから出て来た。派手な化粧に傷んだ金髪の若い女。袋も貰わず剥き出しのおでん容器を自分の車の助手席に置き彼女はハンドルを握る。そうして深夜のスピードで走り去って行った。シートにおでんの汁がこぼれてないか、俺は何故か心配していた。
ソロツアーについて
ソロツアー日程を発表。ドドン。
九州は3ヶ所、都内も3ヶ所。山口と神戸にも縁あってお邪魔します。
最新作はミュージックエッセイと銘打った「世界にひとりぼっちだと思わせてくれる音楽」
長いのでtokiと略称してます。世=toki

雑想ノートに好き勝手書き殴ったものを冊子にしてCDと同封しています。
CDは6曲入り。新曲5曲と、ピアノガール期に作った瞳という曲のソロカバーを収録。宅録やローファイ、スローコア、そういったベッドタイムミュージックとして楽しんで頂けるかと。限定200枚。
ツアーには過去作も持って行きます。ネット通販では有り難いことに4タイトル売り切れてますが、手持ち分が少量ありましたので持って行きます。全タイトル、再販はしないのでご興味あればお早めに。
昨年から制作を始め今作で9枚目のソロアルバム。どれから聞いたらええのか分かんね!とよく言われますが、最新作が最高傑作です。まあ好みに応じて作品を紹介出来るのでお話しましょー。
歌詞ステッカーもあります。デザインはpomponette https://www.instagram.com/pomponette_jp?igsh=dGNnZmE5czRrM2Vh
ソロ曲から文節切り取ってイラスト付けて、自分のtinyな曲世界をよく表現してくれてる作品だと思います。

日記をまとめたZINEや短編小説「初夏」も読み物として独立させ販売してます。友達のお婆ちゃんからは、「普通の生活が一番、人生の黄金だということを解っているのがまず素晴らしい」と感想頂戴して背筋ピン。
九州3ヶ所はNo Funと同行行脚です。三日間ツーステージですね。No FunではIzzet Songsという3rdアルバムのレコ発。先日のキャンプ場オールナイトフェスNIGHT HIKINGから発売開始し、既に買ってくれた人はそれぞれ楽しんで頂いているようでカンムリョー。こちらはフィジカル100枚限定販売の姿勢。

福岡、鹿児島、宮崎の三都市は、Flute清水が在籍するULTRA CUBと共に回ります。帯同ツアーは久しぶりなので楽しみ。
自分のソロ音楽はNo Funとは全方向で対極しています。それらを一夜に共存させていく九州ツアーは個人的にはまだ何も想像し得ないものがあります。とりあえずボロボロだったアコギケースを新調しました。ミュージシャンらしくここは奮発。
今年ZAZEN BOYSとのツーマンでも話題になったSEMENTOSのGt.Vo.藤村JAPAN氏のソロとスプリットツアーです。LOSTAGE五味さんも三日間帯同してくれます。キャリアと実力と情熱を兼ね備えるパイセンお二人、めっちゃ楽しみ。
各会場、20〜30席のキャパなので要予約です。チケットは一括して下記メールアドレスで管理されていますので、お早目にお願い致します。料理屋さんの二階の個室でやったり、レコードショップだったり、大都会の片隅でこっそり歌う感じ。そういうの大好きや。
予約→youking.jp@gmail.com
※初日の会場velvet sun様のみお店の専用予約ページからになるので、お手数かけますがこちらURLからお願いします。
https://velvet-sun.stores.jp/items/68bd5f0901165d3b57f5477f

山口宇部BBBはピアノガールのツアーでよくお世話になった海辺のハコ。エヴァンゲリオンの町。寂しい町やけど、なんだか思い出深い好きな町です。今回はYOWLLの機材車に乗せて貰って歌いに行きます。車内ではお行儀よくしますよ。
神戸D×Qも色んなタイミングが重なって開催される日です。三ノ宮は十年以上昔、十円玉が入ったテキーラショットを飲めるか論争をどこぞの歳上バンドマンとやって、俺は当然息巻いて十円玉ごと飲み干し、起きたら駅のATMの中だった。そんな街。まだ身体から十円玉は出てきてません。
自分の音楽を作り歌いに行くということがやっと人生の土台になってきました。
感謝の対象は尽きません。直接、会話でね。
それでは各会場でお会いしましょう。

クラウドファンディング 、NIGHT HIKINGへ
キャンプ場で音楽イベントがやりたい。
experienc(e)八木海州からそんな提案を聞いたのが約一年前でした。俺はなんとなく2025年の柱となる活動を模索していた時期。やるならでっかくやろう!俺はそう返事をした覚えがあります。
開催へ向けてクラウドファンディングでのご支援を募らせて頂いています。当日長岡京まで遊びに来れない。投げ銭が出来ない。でも協力したい。そんな声を耳にしたことがキッカケでした。こんなにも応援をしてくださる人がいる事実を知り、何かを信じる力を強いものに出来ました。
ご支援のリターンには
・No Fun未発表デモ集
・限定カラーTシャツやパーカー
・本祭当日のディレクターズカット映像
・No Funと飲みに行ける
・パンクショップ青い心による私服リメイク
等々、俺たちなりの、俺たちにしか産めないものをご用意しています。そして全てのリターンに俺の書き下ろしソロ新曲「NIGHT HIKING」をデータ付与します。
目標金額は500,000円
現在175000円のご支援を頂いております。本当にどうもありがとうございます。
残り24日となりました。
ご支援は1,000円から可能なクラファン、是非一度サイトを覗いてください。
https://motion-gallery.net/projects/night-hiking
[NIGHT HIKING] 2025.9.6(sat)~9.7(sun) 入場無料/投げ銭制 at 長岡京キャンプ場 HAPPY LAMP KYOTO
13:00 OPEN
15:00 Kaishu Yagi
16:15 middle cow creek falls+CazU-23
17:00 ピアノガール
17:40 Kiong
19:00 Redhair Rosy
19:40 点火式 / OPEN MIC
No Funの活動において、投げ銭制というスタイルに皆様が理解を持って頂けているという実感があります。触れる距離にある文化に対して各々が価値判断を示す。主催側として重要視したい点は「価値判断」ではなく、「触れる距離」という部分です。目の前に出来事があり肌で感じることが出来る。そんな場所を俺は作りたいのです。そんな場所が無くなると人間は心を失うでしょう。風当りも無視してコロナ禍にフロアライヴをやり続けた理由もそこです。
人間中心主義が経済と技術の異常な成長を促し、俺みたいな阿呆は世界にもう全く付いて行く気がありません。翻弄される人々も少しずつ気付き始めてるように思います。素朴さや温度こそが喜びだと。それこそが新しい価値観なのだと。昨今、ヒトを憎むヒトが増えた印象が確実にあります。確かに現代の人間同士は憎み合っても仕方のない醜悪さです。人間中心主義の限界が来ていることを予想します。
20:00 CHEAPHERO
21:20 No Fun
22:10 1llintosh
23:30 FLUID
24:10 DJ Kaoll
25:35 MOFO
26:15 lee(asano+ryuhei)
この日、俺たちは森に包まれ風に撫でられ星天に抱かれるでしょう。体験とは言葉に出来ないのが本来の性格です。ここまで書いて、なぜNIGHT HIKINGを開催するのか俺自身もとても納得がいった所です。開催へ向けてNo Fun/experienc(e)/青い心の中心メンバーと最初のミーティングは北野白梅町のハーバーカフェでした。店内は禁煙に変わり朝までの営業も停止されていました。従業員の一人がNo Funを知っていてくれてイベントにも興味を持ってくれて、本祭で会えたら嬉しいなと思ってます。
26:55 THE SLACKS
27:35 CH.0
29:00 MORNING
08:00 OPEN MIC
08:40 内田秋
12:00 CLOSE
俺個人としては去年末GROWLY閉店をきっかけにライブ活動を徐々に再開したピアノガール。そしてNo Fun三枚目のアルバムレコ発。そして翌朝9時前のソロライヴ。という三本の柱でお送りするNIGHT HIKINGです。
公式アカウントからは毎日出演者の紹介をします。素晴らしいアーティスト達が待っています。
携帯が普及する以前、友達とどんな風に待ち合わせをしたか思い出せません。それでも屈託なく遊べていました。山まで来るのは少し大変ですが出来る限りのサポートをさせて頂きます。
テーマ曲「NIGHT HIKING」は海州からメインデザインが挙がってきた夜に一気に作りました。中央に渦巻くエネルギーの集合体を囲むように個々。幾何学な印象から音像をキャッチ出来ました。良いデザイン。この2025年の夏にしか手に入りません。ぜひクラファンか現場物販でゲットして下さい。
そして当日は目には決して見えないものを探してみませんか。
9月6日、長岡京の山で待っています。
演者やフード出店、クラファンについても、とても真摯な文章を海州が書いてます。こちらもぜひご一読を!
https://note.com/k415hu/n/n5c79278acb88?sub_rt=share_pb
クラウドファンディングはこちらhttps://motion-gallery.net/projects/night-hiking
NIGHT HIKING公式Xアカウントはこちらhttps://x.com/Night_Hiking__
インスタ
https://www.instagram.com/night_hiking__?igsh=MWN5amdhMGhhNXd1ag==

ニューカレドニア
先週の土曜日、大阪の豊中、庄内という町に居た。阪急十三駅で宝塚線に乗り換えて数駅、懐かしい感じがした。ピアノガールを始めた時ギタリストだった多田ちゃんという男の故郷がこの町だった。何度か彼の実家に泊まり町の銭湯にも行った。俺は19歳で、まだ何も知らないまま燃えて焦げて風に吹かれる灰のような暮らしだった。
十年以上ぶりの庄内には歌いに来ていた。7月、真夏の始まる頃。16時に着いて煙草の吸える珈琲屋を探して駅前の古びた商業施設辺りを歩いていると背後から男に声をかけられる。
今日何処かで歌うのですか?
ギターを背負っていたのでそう聞かれたのかと思い、俺は汗を拭いながら応える。
はい、そうです。ニューカレドニア?というバーでやるんです。
そこ、ウチです。
マスターですか?
はい。
多めの白髪を肩まで伸ばし相応の年齢を感じるが、眼鏡の奥の瞳は燃えるように澄んでいた。
もう店に来て休憩されますか?
ありがとうございます。でも冷たいコーヒーを何処かで飲んでからにしようと思います。
そんな会話を置いて俺たちは別れた。良い夜になる気がしていた。
喫煙可の店を探してウロウロしているとタコ焼き屋台の店主が話しかけてくる。
ライブハウス探しとんのか?
いいえ、喫茶店を。夜はバーでライブをしますけど。
そうか。がんばれよ。
くたびれた主婦や足を引きずる爺さん、真っ黒に日焼けした子ども達が騒ぐ庄内の駅前だった。
裏通りの珈琲屋に来た。隣で爺さんがヤキメシを食ってる。俺はアイスコーヒーを一杯飲んで煙草を2〜3本。今夜の演奏のことを考え始めた。ソロでライブをする時、現地に着いてこうしてコーヒーを注文したら集中が出来始める。持って来た本を読んだり店内の会話を流し聞きしたりして、その町に溶け込もうとする。でもそれは必ず叶わない。自分がよそ者だという自覚を強くしていく時間。これが大事だ。俺は演奏旅行者だ。遊びに来たんじゃない。少しばかりあなたの町にお邪魔しますよ。どこのどいつか得体の知れない俺の作った音楽が、もしお気に召したら幾らか報酬を頂戴ね。遊びで来たんじゃないからね。
BAR ニューカレドニアは駅裏の薄暗い雑居ビル二階にひっそり佇んでいた。落ち着いた赤褐色を基調とした細長い店内にレコードやCDが山積みされ、壁には様々なチラシが上品なバランスで貼られている。小汚さと小綺麗さを行き来する波打ち際のような場所だった。先程のマスターがどうも、と迎えてくれる。今日俺を呼んでくれたthanのキタさんはカウンターの中でカレーを仕込んでた。マスターのご好意でビールを一杯ご馳走になった。
18時を過ぎた頃、俺は歌い始め、そして終わった。キタさんのライブも素晴らしいものだった。聞けばマスターもミュージシャンで、目線の先やハイボールの色に様々な思いを巡らして俺は話をした。店名の経緯を此処には書かないが、俺は忘れないと思う。南太平洋に浮かぶ島、ニューカレドニア。そうそう、ライブの日の前の晩、No Funで共有しているカレンダーアプリに俺のソロライブ予定としてニューカレドニアと書いてあったのを見てラモが海外ツアー行くんすか?と言った。俺は大笑いで、単発日帰りで外国の島に行くわけねーだろ、と突っ込んだ。
夜も更けて来た頃、店の扉が開いてある男が入ってきた。学生時代の友人で、先述した多田ちゃんの幼馴染でもある。この近くに住んでいて、俺から連絡したってわけ。家族との用事を済ませ駆けつけてくれた。どうやら彼もまだバンドをやったり音楽を作ったりして嫁さんと二人で暮らしているという。
カウンターに座り俺たちは話し込む。再会は15年ぶりくらいかな?彼は赤のマルボロだった。
最近なんか落胆したことあった?そういう話はどうよ。
俺から尋ねてみる。
バンドのオーディションに落選した。良いとこまで行ってたから悔しかった。
彼はそう言う。
お前まだそんなこと言っとんのか。まだそんな価値観に居るんか。阿保臭い。
俺は本心で言う。
じゃあ誇れることはある?
重ねて質問してみた。
続けてること、かな?
彼は少し申し訳なさそうに、でもその意志は本当に誇り高く持っているように見えた。
お店を出たのは23時頃。京都への終電、一本前のやつに乗りたかった。 雑居ビル二階の窓からマスターと常連のお客さんが手を振って見送ってくれた。そういや3日前も大阪でソロライブだった。あの日は堀江で、帰りの電車で俺は酒を盛大にこぼした。今夜は気をつけよう。ファミリーマートで友達が帰りの缶チューハイを奢ってくれた。
自分の人生を自己以外の価値観に包まれる仕組みはどうして滅しないのか。優しいからか。易しいからか。安心だからか。我々は孤島で暮らしてないからか。俺は気付き始めてる。友達にとやかく言うことも、その悪しき仕組みのひとつかもと。これこそが憤りだとも。
豪雨に当たり冷めていく体温みたいだ。気が滅入っていく度、俺は自分の作った音楽に助けられた。他から寄せられる価値観や正解のように見える世界の物事を平常心で見つめてみると、それらは虚しいことばかり。いつか失くなることばかり。でも決して消え失せないものが、俺の場合は自分で作って来たモノ。それを確信している。当たり前過ぎて、みっともないおのぼりさんみたいか。
Perc.小椋上京、Vn.アマネ短期休業のお知らせ
2025年6月。No Fun黎明期からドラムとしてバンドを支えてくれた小椋貴仁が東京へ引っ越していきました。彼は約2年前から右足に不調があり、SuperBackのドラム活動とバランスを取る為にNo Funではパーカッションに移行していました。代わりに当初はパーカッションで加入した古和田が現在はメインドラムを担当しています。このように様々な問題を柔軟に受け止めフレキシブルに活動出来る点がNo Funというバンドの一つの理想形であると個人的には考えています。音楽は人間本位でどうにかなるものでは無いという畏敬の念の下に、我々にどんな試練が降り掛かろうとNo Funの音楽は鳴り続けなければなりません。
俺の息子が産まれた時もそうでした。妻は重度の妊娠高血圧症候群を発症し、本人の命はおろか胎児さえ危ないという状況が続きました。毎日が危機と隣り合わせの中、三重県でライブがありました。この日俺は京都を離れてライブをしに行く選択はしませんでした。俺以外でライブをやれるかな?やって欲しい。そんな無茶を聞いてくれた皆んなでした。ボーカルレスのNo Funライブはメンバーもお客さんも貴重な体験だったのではないでしょうか笑 あの時は本当にメンバーに助けられたのです。
小椋が上京すると聞いた時も、脱退という選択は俺の中にはありませんでした。彼はどうだったか知りませんが。700kmの距離は音楽の前には所詮700kmです。一度一緒に音を出したのならいつでも何度でもまた出来るはずです。もちろん関西での参加頻度は限り無く減ると思いますが、小椋の面白さと音楽への誠実さはNo Funの中に刻み込まれています。先週彼の送別会をしました。そうは言ってもやはり俺は寂しくて、彼の着ていたTシャツをビリビリに破り裂き、全身にキッチンハイターをぶっかけました。初夏の烏丸御池、尻が熱いと悲鳴を上げながら上京する小椋でした。彼の東京での生き様を俺はすごく楽しみにしています。
そしてバイオリン山田周もこの夏、バンドへの参加が減ることをお知らせします。彼は幼少期からクラシックの世界で生きてきて、今も手前のバイオリン一本で飯を食う(食い過ぎな時もある)立派な音楽家です。アマネから、バンドとクラシックのバランスを一度冷静に見直す為に少しお休みが欲しいという申し出がありました。俺個人としてはとても理解が出来る内容の打診でした。No Funの皆も柔軟に受け入れた様子でした。決してバンドを去る訳ではないので安心を。彼のNo Fun休業は短期間の予定です。8月末までライブの参加はほぼ無し(数本だけ参加出来る日有り)になります。No Funを見に来てくれる人が山田周のバイオリンを楽しみにしてることは相当数あるでしょう。彼が現在見据えようとする景色にも足を運んでみては如何でしょう。関西を中心に様々なコンサートホールでアマネは日々演奏しています。素晴らしいので絶対聴きに行ってね。
以上、No Funを代表して報告。
最後に。我々を好きでいてくれる皆様に、俺やメンバーは心からの感謝を持っています。バンドの新たな在り方を探し、音楽の新たな生き様を創るのがNo Funという旅。
世界はやはり音楽を必要としています。