low days

Kyoto Japan PIANOGIRL vo. diary

吉祥寺記録。京都は厳しい寒さ。

朝9時過ぎ、家の前で機材車を待ってる。今日は東京でライブだ。高速道路は今夜にかけて雪で規制がかかるようで、今回は冬用タイヤのレンタカーを借りている。

京都駅付近のレンタカー屋で車を乗り換え出発した。運転はファイター。俺はコンビニでハイボールを買い込む。雪を予感させる雲の動きだったが、よく晴れた空。今は三重県を走っている。

昨日は京都GROWLYでライブだった。昼12時にNJと合流して公◯食堂跡地でレコーディングを始めた。15wのベースアンプに豪のプレベを繋いで58をオフ気味で狙ってみる。小気味の良い音が録れた。他にも色々と非常識な方法で試行錯誤してみる。この作業が俺にはとても面白い。人生は工夫と努力次第でどんなにも素晴らしくなる。糞は手前で喰えってな。

15:00 静岡県を通過中。禁煙車なので都度都度SAに寄りながら煙草休憩。ゆっくり気ままな旅。さっき停まったのは駿河湾の見えるSAだった。街をずっと見下ろせて、その向こうにギラリと光る海原。2月のそれとは思えない程に穏やかで、良い海だった。

17:00 吉祥寺Planet Kに到着。リハが終わると俺は散歩に出た。吉祥寺という街をこんな風に歩いてみるのは初めてだった。いつもwarpでやることが多く、その時は見に来てくれた友達を駅まで見送る程度で、街のことは何も知らずにいた。アーケードを抜け通りに出ると楽器に特化した大きなHARD OFFがあった。何か面白い楽器はないか探しているとジャンク品のスタイロフォンというものを発見。初めて見た楽器だった。電子ペンで銀のパネルをなぞって音を出す小さなシンセサイザー。3階はオーディオ機器のフロアだった。中央には試聴兼店内BGMとして大きなスピーカーからレコードが流れている。ジャズ、歌謡曲、俺は椅子に座ってぼうっと20分ほどそれを聴いてた。客は誰もいない。19:00が近付く。ピックを5枚買って店を出た。SEIYOUに飯を買いに寄ったがレジが尋常じゃなく混んでいて、俺には何も買えない気がした。Planet Kに戻ってハイボールから始める。喫煙所は寒かった。煙草を吸うと身体が暖まるようなあれは錯覚だろうか。

かたすみの黒羽さんに事前に曲のリクエストを頼まれた。俺は迷わず紙に「壁の中であいましょう」と書いて渡す。本番、俺はチーコと階段で話し込んでてその曲の音漏れだけを聞いてた。終わって黒羽さんにそのことを言うと、それもまた壁だね、と笑っていた。爽やかで面白い男だと思った。チーコは女優の仕事の為に東京で暮らしてた。昔からの友達と話していると彼の、彼女の、若さ故の不必要な棘が取れていく様子を知れる。それに気付く俺もまた。見てみろ。前進が続く。

日付が変わる頃には高速に乗ったと思う。随分酔っていた。俺と豪は後部座席で酒盛りを始める。運転はファイター。NJもいつでも運転を交代出来るようだった。俺は途中2時間ほど眠ったが、それ以外はずっと馬鹿な話で笑っていたと思う。俺はラーメンのお菓子を座席にぶちまけてしまう。まるで子どもだった。帰り道が楽しいことは明日をlowにしていく。でもそれは体力の話で、今は爽やかな気分でこれを書いてる。

まだ暗い5:00 京都に着いた。結局運転は行きも帰りもファイターが一人でやり遂げた。南インターを下りると京都の街には雪が降っていた。このまま積もって、午後の太陽に溶かされる頃に俺は仕事へ行くだろう。いつものハイエースに乗り換える。やはり乗り慣れた車は落ち着く。煙草を吸おう。多分今日最後の一本を。

自宅。眠っているtedを起こさないように洗面所で服を脱いで顔を洗う。彼女は朝から仕事だ。俺はそろそろ長い一日を終わらせる。どんな顔をしてたか思い出せないが数秒間鏡に向かっていたと思う。

11:00 起床。昨夜ハネダアカリのCDをREVOLUTION TEMPLE RECORDS代表レオナさんから受け取った。去年の暮れのことだった。京都と吉祥寺の交換イベントの際に俺は彼女のライブを見てとても感動した。CDを買わせて欲しいと言ったがもう手元に無いとかで、俺は金だけを渡してまた会った時までの約束にしていた。そして昨夜彼女は仕事で来れなかったのでレオナさんが代わりに持ってきてくれたって訳。俺は起きてすぐさまCDをプレイヤーにぶち込んだ。とても良かった。クレジットを見て知ったが一昨年亡くなった龍太郎さんがベースで参加していた。はからずとも遺作を手に取れたことに俺は深く感謝したい。

今は18日の21:00を少し過ぎた辺り。京都は厳しい寒さだ。今月残す日々はもうずっと仕事だけ。うーんと、待てよ。一日だけ休みがある!仕事の合間をぬってソロのレコーディングを進めたい。あとは前に一度読みかけた本を再び読み進めようと思う。ヒマラヤ山系の岸壁登攀に挑み続ける日本人の話。予定して成し遂げていくことがもっぱら苦手な俺だが、この本は冬の間に読み終えなければいけないような気がしている。

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写真はBa.の豪君。一言も発さずに何時間も飲み続けることが出来る男。

 

無題

仕事は12:30から。世間は祝日。建国記念日とやらを楽しめと。少し胃もたれがする朝だった。シャワーを浴びて服を着る。洗濯物を出しとくようtedに言われる。一着のズボンを何週間も洗うことなく履き続けてしまう俺。すっかり臭うワークパンツを洗濯機に放り込んでみた。それからtedはここ何日か追い足し続けている鍋のカレーを出汁で伸ばしてカレーうどんを作ってた。俺は汁だけを茶碗に注いで飲む。出勤。寒いが夏みたいな空。

2月6日 伏見Annie's CAFEというバーでライブだった。AUXと0l私''(レイジと読む)とピアノガール。暗くなってきた18時頃、俺は家を出た。烏丸線くいな橋まで揺られそこからは徒歩。間違えて2番出口から出ると町は人気の無い真っ暗闇だった。誰もいない悪夢のような道を歩いて表側に出た。何か軽く食べようと思いスーパーに寄り、巻き寿司を1パック買った。イートインコーナーに入ってみると奥の窓際にBa.豪が一人で座って缶チューハイを飲んでた。オッス。俺も向かいに座って寿司を食い始める。この日も朝7時まで飲んでた俺はまだ酒は要らない感じ。豪はいつものようにグビグビ飲んでる。

店に着いた。薄暗い洞窟みたいな場所ですぐに気に入った。森島さんはもうDJとしてThe Isley Brothersとかをかけてた。(多分。違うかもしれないが60'sソウル、ファンク系だったと思う。)居心地の良い場所だった。ウォッカトニックを注文。聖流が遊びに来てた。彼はチキンアンドチップスを食いながらホットコーヒー。隣の机では森島さんの子ども達がオセロを打ってた。イベント中、暖房の効きが弱く吹き抜けの天井ということもあり店内は酷く寒くて俺たちは皆んな震えてた。俺はそんなことも面白かった。そうしてイベントも終了。良い夜だった。

 

個人的には最近リズムを強く意識して歌っている。ピアノガールが産むリズムに俺自身も悦として溺れていく感覚を求めている。そしてそれは充分に体験出来ている。どんな環境であろうと自分達のビート、音感、音像を全身が覚えている。俺はね。でも俺がそうだということはバンドの誰もがそうなんだと思う。この日は機材車を見送って、俺とNJは聖流の車で帰った。ほどほどにしか飲まなかったので身体の調子は良い。車窓に流れる街を眺める。心にほんの少し引っ掛かることがある。いつでもある。それを考える時、俺はいつも一人ぼっちの気分だ。話し相手や恵まれた環境があるのに、俺は自分の弱小さをただ冴えない顔で隠し持ってる。そんな窮屈さは、まぁ、誰もがそうだとも思っている。お前に出来ることなんてそう多くないのに、何をそんなに暗い顔をしてる?これは俺自身に言ってる。

無題

昨夜の疲れを引きずるように表へ出たら霧雨だった。もう少し気温が低ければ雪になるかもしれない。2月10日15:00 書き始める。

さっき買い出しから戻った。レンガ造りの京都市役所が工事の網を被ってた。向かいのビルもブルーシートで覆われ、どこもかしこもハリボテの街だ。俺は自転車だったがほとんどを歩いた。多分俺が悪いんだけど、道を歩いていてふと立ち止まると後ろから来る人々はあからさまに怪訝な顔で俺を避けていく。邪魔だな、と舌打ちでも聞こえてきそうなくらい。そんな時俺は大体携帯で写真を撮る為に立ち止まってる。気が向いたものを撮る。フィールドレコーディングのような感覚で。それが街の奴らは気に食わないらしい。それから昼飯にラーメンを食ったが目ん玉が飛び出るほど不味かった。不味いラーメン屋に限って街中でデカい顔して観光客相手に糞を食らわしてる。金だけが回り、心に刻まれるものは何も無い。カエシ(醤油ダレのことをラーメン屋はこう呼ぶ)を少々足してくれと店員に言おうか言わまいか、随分悩んだが言わないでおいた。本当に言いたかったことは不味い、の一言だったが。

昨日はlow dayだった。自身が定期的に企画するスタジオライブ。鹿児島からその日暮らしがツアーで来ていた。フライヤーは火暗しが作ってくれた。骨が少し痛む。胸のところ。多分ライブで何かにぶつけたんだろう。この日京都で今年初の雪だったように思う。硬めのアラレのような雪だった。16時に会場であるスタジオアントニオに着くと若い連中(こういう表現には違和感を持つが、ひとまず書く)はもう揃い始めていて各々の酒を飲んでた。友達との距離感は地理としてのそれと反比例すると思う。遠い街の友人とは久しぶりに会ってもそう感じさせない不思議な再会であることが多い。

イベントは無事に終わり打ち上げは薄暗い食堂の跡地でだらだらと進んだ。帰宅したのは朝方4時頃だったかな。良い夜だった。

今日の出勤は19:00 まだ3時間ほどある。最近ソロアルバムを作り始めた。レコーディングとトラックメイクをNJに協力してもらい作業は進む。中々まとまった時間が取れないので完成はまだ随分先になる。先日は出町柳の友達の家で曲作りを進めた。彼もデスクトップミュージックをやる人で、興味ある音を沢山聞けた。作り続ける人を素直に尊敬する。自分自身とセッション、一向に飽きが来ないこのセッションからつるんと産まれ出たものが君の好きなものだ。

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写真は姫路のどこぞの橋から見えた景色。綺麗だと思って撮ったがこれを他者が見ても何も感じないと思う。こんな風に俺だけの思い出になっていることが他にも幾つもあって、それをどうにか名前の付くものに出来ないか。そういった挑戦の感覚が俺にはある。

day off

うらぶれて悩ましい日々だが、眠ろうと消灯する時、ふと明日が楽しみだという気持ちに気付くことがある。先日もとある訃報を知った。彼女の思い残したことは今後世界には到底計り知れないだろう。だが、生き残った者がふと明日を楽しみに思う気持ちがあるのなら。

少し前を振り返って書いてみる。

2月1日 仕事は休み。京大吉田寮食堂で行われるSteve Nickel追悼祭というイベントに行く予定をしていた。知り合いのミュージシャンが何人か出演することでこの日を知り、村島洋一を誘い出し二人で遊びに行った。午前中を何の意味も無く過ごし13時に百万遍で待ち合わせる。節分祭の喧騒と冬の暖かい日差しが交差点に入り混じっている。学生は陽気に行き、働き人は気忙しい。警官隊の出動も見られた。俺は何処に分類されるんだろうかと考えながら煙草を吸って洋ちゃんを待った。人を待つ時間が俺は好きだとふと思った。いつも15分ほど早く到着してその時間をぼけっと過ごすと落ち着く感じがする。

鉄板焼き屋で一杯飲み、あれやこれやを話し出す。店内の暖房のおかげで瓶ビールが格別に美味い。煙草が吸えたらもっと美味いのにと思いながら豚玉ととん平をつついた。そのまま調子付いてしまい付近のサイゼリヤへ河岸を変える。ここのワインに世話になる奴は多いんじゃないかな。とにかく安くて美味くも不味くも無い。もうかなり酔っ払っていた。15時半頃になって吉田寮へ向かった。懐かしの近衛通りを東に入ったら見えてくる失楽園のような建物。AUXの一曲目が始まった辺りだった。コンビニで買っておいたハイボールを飲みながら煙草を吸いまくる。そうか。禁煙の風潮、右に倣えの世。そんなものから断絶された居心地の良い場所で今日は夕暮れていくんだな。森島さんの子どもらしい何人かが崩れ落ちそうな屋根に登って楽しそうに騒いでいる。危ない感じもしたが俺も含めた大人達はそれを見て和やかな気分。途中トイレを探しに木造の寮へ入った時、窓から見えた庭を携帯で写した。梅の花のようなものがひっそりと咲き、それを眺める女性。この世を形作るひとコマが全てこのような瞬間だったなら、言葉さえ必要じゃないかもしれない。写真は下部に貼り付けている。

洋ちゃんは18時から出勤だった。俺もその時間から別の人と会う予定。烏丸御池まで一緒に自転車を漕ぎ別れた。玉屋ビルに住んでいた頃の先輩であるケンジさんと合流する。彼は数学の研究者で、今は高校の数学教師をやっている。駅構内の居酒屋で飲み始めたが、俺はもう随分酔っていてぼやっとしていたと思う。素面のケンジさんは俺に追い付く為に日本酒を一人でがぶがぶやってた。お銚子5本ほどが空き、彼もご機嫌そうだ。俺の家へ移動する。家ではスリランカの紅茶を飲みながら宗教の話、仕事の話、様々なことを喋ったと思う。tedは相槌を打ちながら紅茶を沸かし続けていた。そうして夜更けにケンジさんは帰っていった。外まで送って部屋に戻ると彼は携帯を忘れてた。しまった。俺が充電するよう勧めたからだと思う。

翌朝7時過ぎに玉屋ビルまで携帯を持って行くと廊下で洗い物をしているナガタさん(ビルの最年長のおじさん)に会い、ちょうど俺と入れ違いにケンジさんは出ていったと聞いた。書き置きをして扉に挟む。携帯はポストに入れて。ビルに透き通る朝の空気が懐かしい。此処で暮らした三年をかけがえの無いものと思う。この日8時から仕事だった俺はあまりビルの感傷に浸ることも出来ず、足早に二条を目指した。

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無題

‪俺個人とすれば表現とは自らの小体験を永遠にしようと躍起になること。もしくは言葉にならないものを言葉にして、ましてや聴き取れないほどの大音量でやるのはなんでだ?その疑いのペンで紙面に念ずること。

夏の朝、少し開いた窓から吹き込む風に柔らかくページがめくられた様子や、タイヤに張り付いた花びらをぺらりと剥がして水溜りに捨てた時の取り留めのなさ。そういうものにも、ついには意味があるものなのだ。

表現において正誤は無い。しかしその過程には幾つもの成功や失敗が繰り返される。もう一人の自分がそいつを見てる。進み続けるかどうかは彼のみが決める。

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無題

また新しい年を迎えた。それと同時に戦争的事件が起こった。違う。起こったんじゃなく、仕掛けられた。情勢に関するニュースは何が真実か俺たちには分からないようになってる。それさえも選び取れと言うのならこんな地獄は他に無い。戦争が始まる?もうとっくに始まってた。俺はずっと怒りを露わにしてきたが、たった一つの命も救うことは出来なかった、現時点では。

俺個人の話をすれば、4年前から戦争について歌い始めたら面白いように人が離れていった。俺からすると、この現代に戦争なんて!信じられない!自分だけは大丈夫だろう!とのさばった連中の方がよっぽどの危険思想だった。こんなことを書いてどうなるって?もう今更何を言おうと何の命も救うことは無い。ただそれだけがこれから先の後悔や悲しみだ。気付いた時にはお前も人を殺してるかもな。

晦日の朝、小さな命が消えていった。ゆっくりと冷たくなっていくのを俺はただ見守るしかなかった。正月の昼を過ぎた頃に鴨川のほとりにtedと一緒に穴を掘って埋葬した。白い花を添えた小さな墓標を眺めながら俺たちは日本酒を飲んだ。西の空が赤黒くぼやけていく。追悼の儀式のような、そんな風に真似事をした俺たちの正月だった。

これを書く今はもう9日になった深夜。さっきまでは少し詩も書いてた。今日は昼から夜にかけてこんな季節には珍しい強風が吹き荒れた一日だった。冷たく激しい風に不気味さを感じたのは俺だけだろうか。家に帰って野菜のスープを飲んで、納豆を3パック食った。後輩が水戸で買ってきてくれたもの。美味かった。話が前後するが朝は近所の眼科へ行った。もう何ヶ月もずっと眼球が痛む。最近では視力の低下も感じられ、さすがに医者に診て貰いたかった。古い町医者で、待合室には大昔のものと見られる治療器具や実験道具のようなものが飾られていた。患者は俺だけだった。院内がもう少し暗かったら俺はビビって帰ってたかもしれない。角膜炎と診断され目薬を2種類出された。目が見えなくなることを想像したら、ギターをどうやって弾こうか?ミキサー卓はどうやって触ろうか?などと真剣に考えていた。

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写真の広場は湖岸道路沿いのもの。この日は晴れなのに雨ででかい虹も出ていた。遠く蓬莱山系の峰々には雪が積もり、一層の貫禄を見せつけていた。

無題

日付が変わる頃に眠り始めたが2時間ほどして目が覚めてしまう。何度も寝返りをうち、どうやったってまだ眠れそうにない。別段として書くことは無いが、書き始めてみる。

年の暮。数日前に2〜3日雨が降って色鮮やかな並木の葉は路上に落葉した。写真は近所のセブンイレブンの前で撮った。枝にしがみつくように残った葉がまだ黄色いことに心が浮くようで、反面、枝を揺らせたらどんなに綺麗だろうという気持ちもある。誰かが掃いて盛った落ち葉の小山を思いっきり蹴り飛ばしたら、その痛快さは他に無いだろうと夢想して道を歩く。雨の夜なんかは、狂気染みて光る水たまりに勢いよく飛んで着地してみたくなる。

そうしてみたくなった時、気が付く。この騒がしい心臓がどこかしら穏やかにその脈を打っていることを。脈拍の余裕。これは大切なことだろう。''真似出来ないから面白い''ことを見極めた上で、俺に出来る面白いことが見えてくるといい。ええっと。暗闇の中携帯の画面を前にして、糞な気分になってきた。眩しいくせにこの端末の中広がる世界に輝かしいことなど一つも無い。片目で覗くだけで十分なのに心まで持っていかれた阿呆共にかけてやれる言葉はもう一つとして無い。

思えば虚無と共に突き進んで来た。手荷物程度の情熱より信じるに足る虚無。やりたい気持ちはあるのに何をやりたいのか分からない。最高じゃないか!と思う。俺は。いつも気付いた時には''何か''を成し遂げていた。行動や、ましてや動機の記憶などあるはずもない。ただ終わった時に終わったということを確認した。翌朝の身体の傷や怪我、異常。そういったものが分かりやすくて良いと、俺は思うけど。

4時を過ぎた。眠たい気がしてきた。12月29日。今日いっぱいを働けば仕事納めだ。年が明けてからtedの実家がある滋賀へ行き、それから広島へ帰る予定。道路の凍結を心配している。

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