low days

Kyoto Japan PIANOGIRL vo. diary

無題

小雨と冷気の中を帰った。11月13日の深夜3時を回った頃。今日のことを少し記録して眠ろうと思う。

夕方、tedの祖父の見舞いに行った。車で一時間半ほど、近江八幡の病院へ。病院は茶色い壁が印象的な綺麗な建物で、まるでホテルのようだった。看護師も若い人が多く活発な雰囲気。義祖父は心臓の病気で入院中で、先の手術は成功だったという。病院生活で力は弱っているようだが、元気そうでなによりだった。義祖父の食事の間俺たちはロビーでコーヒーを飲んでた。俺は煙草を吸いたかったが敷地内全てが禁煙で諦めるしか無かった。ピアノが鳴り始める。見ると仕事終わりの研修生(研修生というのはあくまで推測だが)が一人黙々と鍵盤を叩いている。ロビーに置かれたグランドピアノだった。知らない曲だったがジャズポップスのような陽気な曲。閉院時間が迫った人気のないロビーに鳴り響くそれを俺とtedはただ自然に聴いていた。義祖父にはコンビニで買ったどら焼きを渡し、見舞いを終えた。帰り道、国道は多くの帰宅する車で埋めつくされ、きらきらと輝く一本の長い帯のようだった。京都に着いてから俺はSOOZOOのレコーディングへ向かった。あの空へ、という曲を録った。seiryuが自身の義理の父を唄った歌だという。

翌朝は11時に起床。最近の傾向として朝飯を食わない方が調子が良いんだが、見ると昨夜ラーメン屋から持ち帰った唐揚げが机の上に。レンジで温めて飯と一緒に食った。13時前に出勤。いつものように缶コーヒーを買って煙草を吸う。今夜仕事終わりに予定は無い。家に帰って歌詞でも書こうかという気分でいる。

 

無題

11月8日 仕事は休み。9時頃に起き出す。押入れから炬燵布団を出して二階のベランダで干すことにした。しかしよく見ると猫の毛だらけでどうしようもない始末。粘着テープを転がしてみるが途方の無い有様。うん。一旦干して、それから考えようと思う。飯を食って粉コーヒーを作り机についた。久しぶりに本腰を入れて曲作りを始めた。そうだ。この時間が俺には大切だった。どうも最近調子が出なくて欠伸ばっかしてたけど、制作の時間こそ俺を炎の中へ連れてくれる。ガキの頃から俺は一人で作った。響きは頭の中にあって、言葉は燃えるように。欲しいものを自分で作ることは当たり前で、一切の疑問や他からの影響は無かった。自分が作った曲を初めて人に聞かせた時のことは今でも覚えてる。反応は悪くなかった。そいつにはベースを弾いて貰って、三年間バンドを共にした。制作ノートは全て保管している。見返すと、今でも面白い。今、本来の姿に立ち返っている気がする。格好良いことは何も無い。俺がどう生きて、誰と話して、どんな景色が忘れられないか、だけだ。そしてそれも全て忘れていくだろう。すっかり冷めたコーヒーを飲んで、またペンを握る。

翌日に居る。雨だった。少し早く行って刷り場で一息入れた所。薄暗い部屋で煙草を吸ってコーヒーを飲んで、ぼうっとしてみる。音楽をかけた。昔whoopee'sで働いていた時事務所から借りてそのままになってるCD。ジャンクなエレクトロで一曲が20分くらいある。退屈な音が気持ち良い時もある。

日付は変わって今は11日だ。部屋の灯りを消して、眠る前に書く。今日ドイツに居る友人に電話をした。昼にかけたが不通で、時差を調べると向こうは夜中の4時だと知る。そりゃ出ねぇわな、と詫びのメールを入れる。しかしそれから1時間ほどして友人から折り返しがあった。「よう。」本当に何年も話していなかった奴だが、昔から一言目はいつもこんな感じだった。えらく早いな?今日は出張で早起きなんだ。彼は言う。用件を伝えて10分ほど電話をした。多分彼は身支度をしながらスピーカーフォンで話していたと思う。ドイツは行ってみたい国の一つだ。規律と伝統と贖罪の国。ビールは常温で飲むらしいが、そんなの正気だろうか。

無題

11月6日 帰宅は22:30。仕事の内容としては、別段代わりはなかったが精神が興味を失っていた。夕方なんて酷いもんで、身体も怠くて欠伸ばかりしてた。俺は思った。やはりこの世の全ての事象は自分次第だ。巨悪の手のひらの上、踊らされる人生において、不条理なことはどうせ見えないようになってる。それなら自分の手足に力を入れて歩くかどうか、だ。仕事が終わって、知り合いに話しかけられる。もう帰るの?俺は確かに帰る様子だった。が、少し彼らと会話を始めてそのまま煙草を1本巻き始めた。すると次は椅子に腰掛ける。コップ一杯の水も飲み始めた。本当に、時間にすれば10分も無いその間に俺はこの一日に意味があったような気になってくる。大袈裟だとは分かってる。でも?本当にそうだった。虚無だった一日に、その終わりに、人と話すことは偉大なことだった。

11月7日 9時過ぎに起き出す。この日も仕事は14時30分からだった。それまで溜まった洗い物をして(最近よくコップを割るので慎重にやる)洗濯も済ませる。洗濯機に鋲が一つ落ちていた。多分さっき洗ったシャツに付けていたやつだと思う。鋲を見るとどうしてこうも反抗心が湧き上がってくるのか。何でもない午前中の中庭で一人肩を強張らせたところで、と俺は面白くなってしまう。最近曲を書きたい気持ちが強くある。だが実際にこうしてるとギターを触る気は起きてこない。器量が小さい俺はまとまった時間が無いとどうもやる気が出ないようだ。煙草を吸っていると猫二匹が暴れ始める。今日も元気に昼を暴れて、疲れたら眠り、飯を食い、夜にもうひと暴れするだろう。まるでツアー中の俺みたいだと思った。

 

新宿の記録

10月が終わり京都は首尾よく冷え込んできた。盆地の深とした季節が始まろうとしている。もう何日もすれば街は冬枯れていくだろう。昨夜詩を書いてみた。ここ最近俺の中に居た気持ちを確かめてみるように書いてみるが、全く言葉が出てこない。そしてすぐにやめた。子どもが興味を失うスピードで。まだ出てこないようだ。

0時を過ぎた頃、東京へ向けて出発。直前まで豪は自分のパーカーにシルクスクリーンを刷ってた。俺は運転しようかという気分だったが、結局いつものように先発はファイター。後発はNJという話に。そしていつものように俺と豪は缶ビールを飲み始めた。今は三重県辺りを走ってるようだ。俺は二列目で横になってこれを書いてる。新宿NINESPICESは6年ほど前に一度行ったことがある。その時記憶に残るのはcurveのライブだった。自分の出番を前にしてヒトのライブで感動した経験はこの時が初めてだった。ライブは色々情報が多いが、そもそも音自体にとてつもない力があるんだとはっきりと認識させられた。酒が入ったせいか少し車酔いしてきた。また書く。

11月3日。京都の我が家に帰って来た。朝5時30分。まだ外は暗い。風呂を沸かす間に続きを書き進める。

早朝の新宿で餃子屋に入り一杯やってから俺と豪以外はインターネットカフェへ。俺たちはコンビニで酒を買って車で再びやり始める。歌舞伎町の駐車場は立ち小便の海でそこら中に嫌な臭いが立ち込めていた。窓を開けて煙草を吸っているとつんと鼻を刺すんだ。こんな糞みたいな場所を宿にするのは面白かった。小便の臭いは鰹節の臭いに似てると豪が言って、また俺は笑う。やがて俺たちは眠りに落ちて、多分それは9時を過ぎた頃だったと思う。

玄関扉が激しく開いてチーコが帰って来た。職場の上司と朝まで飲んでたという。彼女は結構酔ってる様子だ。一杯飲む?風呂が沸くのを待ちながらこれを書いていた俺は少し考えてから、うん、飲もうか。俺たちはお互いのことをゆっくり話しながら、明るくなっていく窓の外を見ていた。

ライブの前、新宿の通りを散歩していた。寒い。ジャケットのボタンをとめる。缶コーヒーを買う。偶然、知った人が歩くのを見つけた。声をかけようかと思ったがやめておく。通りは当たり前のように騒がしく、まるでそうしていないとダメかのようだった。俺はこんな時いつも京都の街を思い出す。自分の家を。いつもの部屋で眠りたい。人は思い思いの方向へ歩いてゆく。誰とも出会えやしない。

打ち上げの途中で俺たちは帰ることになった。俺は何度もありがとうと言った。その一つ一つに理由はしっかりあった。忘れた頃に再会する人たち。これからもきっとそうだ。何ていう名前だっけ?久しぶりだね、少し痩せた?高速に乗る前、マクドナルドで腹いっぱい食って俺たちは京都へ向けて走り始めた。機材車はスピードを上げたら変な音がする。この音が俺は好きだった。

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無題

玄関扉が開いてよく通る大きな声がする。すみませんー!俺は二階で眠っていて、聞こえないふりをする。すみませんー!!二回目も俺は無視。冷えてきた朝に寝不足もあってイラついてくる。すみませんー!!!三度目の声が聞こえると同時に飛び起きて下に駆け降りると、玄関にヘルメットをした赤ら顔の男が立っていた。何?俺はあからさまに不機嫌な調子で言う。工事で今日の午前中ガスが止まるのでその報告です。男は言う。それも玄関でする会話にはそぐわぬ声量(最初に書いたように男はよく通る声質なので余計にうるさい)で言う。俺は一度ため息を吐いて、答える。(男に静かに話させる為、俺はわざと小さな声で喋る) それは前に一度聞いたし、昨日はその旨が書かれた手紙まで置いてあったから分かってるよ、いちいち起こさないで勝手にやってよ。男はこれまでより一段とデカイ声で、そうですか!すんまへんなぁ!と。俺は彼が扉から出て行くのを待たずに背中を向けた。ガスが止まることは知ってたので風呂も昨夜のうちに入っておいたし、朝飯も食わないつもりだった。全部分かってた。のに、寝起きで知らんおっさんの馬鹿でかい声。全く気が滅入るね。おっさんも仕事熱心は良いが判断能力が欠けていたらつまらんよ。まぁ実はおっさんが泥棒だったとして、この家の生活パターンや間取りを把握する為こうして何度も家を訪ねていたなんていう結末だったら面白かった。んなことを考えていたら段々と目が覚めてきた。出勤までまだ5時間ある。

この行から11月だ。今夜仕事が終われば新宿へ向かう。ツアーは折り返し。折れた肋骨は大分マシだがライブをする度にまた痛み始める。その繰り返し。上等上等。

 

 

無題

俺が追い続けたバンドの理想像に最近やっと手が触れてきた感覚がある。各パートそれぞれに自分の内から出ようとする音があり、それを確かめ合うようにして一つの音像が出来上がる。周りの音をよく聞くとそれは呼吸や表情、感情表現の最たるものであることが分かる。分かると楽しい。空気、瞬間、その全てが手に取るように分かる。音を聞くというよりは、呼吸を感じ取るという表現が正しい。

10月23日 13時頃 玉屋ビルに居た。seiryuが風呂に入ってる間俺は部屋にあったGN'Rの本を読んでいた。アクセルローズの苦悩?孤独?好き勝手に書かれている。リズムという名のお香を焚いた。上賀茂神社では何かイベントをやっているようで、歌謡曲が聞こえてくる。ビルは何処を歩いても変わらず極彩色の青春だった。図書室(5階の一室。自販機があり、開かれたスペースになっていて住人が寄付した本で埋め尽くされている。夏の間、蚊取り線香の煙が充満したこの部屋で院生は勉強、俺は作詞、など思い思いの作業を皆でしていた部屋を俺はこう呼んでいる)に入って缶コーヒーを買って、佇んでみた。昼だったがこの部屋は夕方だった。窓からの景色が描かれた絵が壁に掛かっている。俺がいた頃には無かった絵。このビルで暮らしたのはほんの数年前だったが、もう随分前のことのように感じる。

福岡の記録

高速を降りたのが14時とか、その辺だったと思う。俺は酷い二日酔い、虚ろな視界にはフロントガラスを打つ雨。雨だね、と俺。今日は一日降るらしいよ、と運転手。朝6時に京都を発ち、途中宮島辺りのSAで俺は目覚めた。視界は真っ白だった。小便をして龍(今回帯同したカメラマン)と少し辺りを散歩する。海が見えた。海も俺には真っ白だった。白いガスが出ている?俺は皆んなに聞いたが、そんなことは無いと言われた。出発の時間まで飲んでたせいで目ん玉がぶっ壊れたんだと思う。福岡に着くとまず俺とNJお気に入りのラーメン屋へ。昔と変わらず美味かったが俺は余計気分が悪くなる。それから風呂屋へ向かい2〜3時間の休憩を取ることにした。この風呂屋は昔から福岡遠征の度に休息を取った所で俺には馴染みが深い。最近刺青を増やしたファイターは腕にタオルを巻いて入浴してた。透けて見えてたけれど。風呂から上がって畳の休憩所で俺は横になった。まだ身体は怠い。目の霞みは無くなっていた。ライブの日体調が悪い方が俺は好きだったりする。どうせ始まる頃には気力が勝って万全な精神力が整う。あれこれ身体のケアなんかしなくても俺はやってのける。1時間ほど眠って、ファイターが起こしてくれた。煙草を吸う?吸おう。すっかり外は日が暮れて、世の中は一日の終わりへ向かおうとしていた。が、俺たちは今目覚めた感覚の中にいた。好きな街だ。案の定、ハコに着いた瞬間に俺はもう絶好調な気分だった。

この日、俺の中に何か説明のつかない感情があった。葵とやる最後のライブだったからか?おそらくそうだろう。何からも逃げたくなかった。全てのバンドの演奏を見て、俺はこの夜に確かに存在する必要があった。他でも無く自分の為にそうした。もう長い付き合いになる後輩が唄っていた。これまで何十人ものメンバーが入れ替わり、それでも頑なにやってきた男。俺の記憶が正しければ彼は、生い立ちも壮絶なものだった。そんな彼がこの日唄う歌は俺の胸を打った。今までの野放で無差別な攻撃性に頼ったものじゃなく、確かに地を足で踏む音だった。凄く良かった、俺は彼にそう伝えた。

帰りの車は静かだった。俺は夜が明けていくのをゆっくり眺めていた。なぁ、高速道路は続いていく大河で。俺たちは流れ流れて。目指す場所なんて無いが、辿り着くことが出来る。宮島で見た真っ白な海。京都は今朝その中に居るような朝。別れに相応しい感じがした。

10月26日 福岡遠征の記録として。

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