low days

Kyoto Japan PIANOGIRL vo. diary

鹿児島遠征

6月13日 13:00 よく晴れた日。アパートを出た表の日陰で煙草を吸って車を待つ。ほどなくして鈍いエンジン音が聞こえ、機材車が眼前に停車する。ファイターとNJ、二人ともサングラスをかけ、NJはもうサンダルだった。おはよう。長い旅が始まるね!

14:00 スタジオアントニオで荷物や機材の整理をした。豪も合流。関西空港までは機材車で行く。

16:00 空港のレストランで飲み始めた。生ビール大ジョッキが千円。まずはこれを飲んで、二杯目からは隣のコンビニで安いのを買ってジョッキに注いで飲んだ。旅の始まりに杯は進んで俺はもう真っ赤な顔をして喫煙所とレストランを行き来してた。

正確な時間は忘れたが19時頃に飛行機は離陸。NJは飲み過ぎてた。今にも吐きそうな顔でシートで喘いでる。便器みたいに小さな窓から見えたのは遠ざかる街と触れそうな雲。乗客は全員驚くほど空に無関心だった。俺は大空が好きだ。

22時になろうかという頃、鹿児島の繁華街、天文館通りを俺たちは歩いていた。サテンのスーツを着た茶髪に愛想しながら闊歩する。何もかもがどうでも良くて、全てが楽しい時間だった。2年前に遊んだスナックは潰れてた。

24:00 その日暮らしセイダイとNo edgeマッキーが合流する。今回の鹿児島はその日暮らしが呼んでくれて、彼らのレコ発だった。前夜祭と言うには余りに下品なジョークがグラスの氷に揉まれて軽快な音を立てる。

俺はマッキーの家に泊まらせてもらう。皆は町のゲストハウスへ。また明日!

マッキーは俺と同い年で、最近就職活動をしてた。この日も早朝からスーツを着込んで出発していく。いってらっしゃいと一言言って再び俺はゆっくり眠らせてもらった。カビ臭い布団に追い打ちをかけるように雨が降ってきた。

13:00 マッキーが説明会から帰ってきた。スーツの肩から首飾りのように雨粒が滑り落ちる。彼は煙草を家に忘れたらしく、猛烈な勢いで一本巻いて吸い始めた。俺はいらなかったけど付き合うように一本を吸う。拷問部屋のように黒ずんだ風呂場でシャワーを浴びさせてもらった。それから身支度を済ませ二人で家を出た。雨の街を歩く。濡れて行くつもりだったがあまりに激しく降るので途中コンビニで傘を買ったけど、700円もしたのは本当かよ。

リハを終えて定食屋で一本だけ瓶ビールを飲んだ。それからゲームセンターで遊んで、身体が目覚めた頃にイベントはスタートした。

行き着く所分かり合えないのに俺たちはどうして言葉や心を所持するのか。街の中から、山の茂みから、川の水飛沫から、人混みの中から、それは聞こえてくるようだった。ビルの七階に位置するライブハウスにはベランダのように空へ剥き出しの喫煙所があった。全員で街に煙を吐き出そう。そしてまるでそうしてくれと言わんばかりの灰色の空だった。

その日暮らしのセイダイという男は多分、周囲の人から興味を失わせない人間でありながら自分のことは放っといて欲しいという我儘を持つ難しい男なんだと思う。分かってたまるか?そうだな。まぁいい。また一緒にやりたいと思う。

3:00 鹿児島市内の24時間サウナに入った。5:00には空港へ向かうバスに乗らなければならなかった。酒と疲れで伸びきったゴム紐みたいになった俺は仮眠所の床で眠ろうする。俺以外にも限界を迎えたであろう爺さん達がうようよ床で眠ってた。ファイターは個室カプセルへ。豪とNJは廊下のマッサージチェアーに落ち着いたようだ。それからしばらくして初老の店員が俺たちの為に特別にマッサージルームのベッドを使わせてくれた。ありがとう。でも俺はベッドの下の床で眠った。

天候の心配もあったが無事空港へ着き飛行機も予定通り飛ぶようだ。ひどく疲れていて些細なことにふふっと笑みがこぼれ全身の力が抜けていく。俺以外はまだ比較的元気なようで、タフな男達だと思った。

10:00 関西空港の駐車場で俺たちの帰りを待っていた機材車に乗り込む。発信と同時に豪雨だった。運転はファイター。京都へ帰ろう。

この日は土曜日で自宅に帰るとtedが居た。荷物を降ろしてお土産のキーホルダーをあげると思いの外喜んでいるようだった。

 

 

 

 

無題

しばらく書いていなかった。

働き、そこそこに遊び、飯を食い酒を飲み煙草を吸い。そうだ。最近はよく音楽を聴くようになった。Spotifyの月額プランを始めたことがきっかけだが、世界中の音楽への興味を満たしてくれる良いアプリだった。その国の歴史を、その悲哀を音楽に感じ取ることが出来る。旅への欲求は高まる一方だ。

今年は7月になっての梅雨入りだった。まだ少し肌寒い夜がある。今月はライブが少なく平日の休みが多いようだ。ある日には散歩の足でもみじに立ち寄り一人で酔っ払った。帰りにブックオフで本を二冊買った。ヒトラーに対抗した人々についての本ともう一冊は人道支援を行う日本人女性がイラク武装勢力に拘束された日々を綴るもの。昨夜は後者の方を読み進めた。イラク入国の際パスポートにはナツメヤシのイラストが押印されるとある。俺たちには馴染みのないナツメヤシだがお好み焼きソースの原料としてデーツという名で記載されているらしい。実際町へ入れば駐留軍の戦車にことごとく踏み倒されたナツメヤシが見るも無残な姿で横たわっていると書かれていた。また当時のイラク人としては日本の''自衛隊''という曖昧な表現に相当な反感があったという。本当の戦争、本当の暴力が日常に在る彼らからすればその怒りは当然なのかもしれない。さて俺がこんな所でこんなことを書くのも気味が悪いか?俺も皆がそうするように普通にテレビドラマを見ておけば良い?読み進めるうちに、筆者の平和への想いと現地イラク人との間にズレがあるように感じてならなかった。神の子である人間私たちは全てを許し愛し合おう。戦いじゃない道を選べるはずだ、とする筆者。こいつは大馬鹿間抜けなんじゃないかと俺は思った。暴力と共に生きるしかなかった人間にそれ以外で道を作れなど偉そうに言うその言葉も暴力だ。自らに安全なる帰る場所がある限り、旅先での不自由さや恐怖なんて人生のトッピングみたいなものに過ぎないじゃないか。それを言うだけの責任は帰化し故郷喪失してからじゃないと払えない。俺は腹が立っていた。もう何年も前の本なのに。眠る前に興奮するとよくない。今度は新刊で似たような題材を扱った本を読みたいと思っている。

今年の夏は帰省の予定を決めた。盆の時期に墓参りをするのは久しぶりだ。愛犬2匹の墓にも綺麗な野花を見つけて添えてやろう。

先日ピアノガールの新曲の形がやっと見えてきた。詩はまだ書けない。今はゆっくりやりたい。メンバーが音楽を楽しんでる感覚がある。それは大切なことで、俺の思う最大のやり甲斐であり唯一くらいの目標だ。今年の夏はライブが少ないがその一本一本に気負いもし過ぎず緩過ぎず、俺たちらしく行こうと思う。俺らしく。

 

無題

 

6月2日 23時に帰宅。tedが食事を作ってくれていた。以前植物屋で買った小さなシソの木があって、最近はその葉を摘んで料理に使っているようだ。食事と会話を終え早めに眠ることにする。電気を消してこれを書き始めた。

昨日は朝の8時まで飲んでいて、仕事はさすがにフラフラだった。夜になってやっと本調子が出てきて、疲労感が妙な充足感に変わっていくのを感じていた。theoremのライブはとても良かった。胸に込み上げるものに名前をつけられなかった。

俺たちは喜びを知って悲しみを唄うんだ。何の為かはもう忘れた。こんな風に理由も無く続いていくことが他にあるだろうか。吸いたくないのについ手に取る煙草のように、燃焼が途切れないまま。自分も他人も狂ってる。世の中とはそういうものだ。吐く息は毒。出す糞も毒。食う飯も毒なら、生きながらに死に損なってるだけさ。でも信じるものがあれば、毒が効かない身体になる。響かない部屋でも自分の心は聴いてる。

眠ろうとして目が冴えてきて、詩を書いていたらまた朝が来そうな時間。詩は数行書いただけで、そのどれもに納得は無い。tedの寝息以外何も聞こえない部屋で薄明かりが俺一人を照らしていた。

連休は二日間の休みとライブが一本。

5月1日 琵琶湖の湖岸に来た。火を起こし肉や貝を焼いて食った。tedと二人だったので食いきれず少し余ってしまう。いつもこうだ。スーパーで買い出す時には自信満々に食える気でいるんだが。俺たちの煙が向かう先に釣り人が数人居た。誰もが10分ほど糸を垂れては何の反応も得られず場所を変えていく。ひとりのおじさんが話しかけてくる。

良い匂いだねえ。朝に来てたら1メートルの鯉を見れたのに。へえ!釣ったんですか? そうさ、神奈川から鯉を釣る為にやって来てもう2週間そこの駐車場に寝泊まりしながらやってるんだべ。だべ、という関東訛りが耳に残る。竿は投げ放しで、夜寝ててもセンサーが付いてるから大丈夫。おじさんはニコニコ笑いながらそう言う。

夕暮れていく頃には寒さが出てきた。俺たちも今日は車で眠ることにしていた。食事の片付けをして駐車場へ戻るとさっきのおじさんも飯を食ってた。暗闇の中、何か肉の塊のようなものをナイフで切って食ってた。俺は軽く会釈して車に入る。俺もtedも身体が小さいので軽自動車でも充分車中泊が出来た。

一眠りして22時頃に目覚める。少し小腹が空いたのでミニボンベでスープを沸かしパンを浸して食った。スーパーで半額だったブドウをつまみながら少しの時間tedと話した。何を話したか覚えて無いが湖のほとりで静かな心落ち着く時間だった。この日は疲れていて、それから再び眠った。

朝方4時頃公衆トイレへ行った。真っ暗で寒かった。ふと湖岸を見るとおじさんの竿(3本ある内の1本)のセンサーライトが赤色に点灯していた。センサーは携帯にも反応するから大丈夫と言ってたがおじさんが起き出す気配は無かった。こんな時間だというのに遥か向こう岸の街はチカチカと明るくとても綺麗だった。俺は車に戻ってもう一度眠り始めた。

翌朝はtedの実家でシャワーを借り2〜3時間ゆっくりさせて貰い昼前には出発した。帰りは電車だ。そしてもう真夏のように暑かった。すぐ電車に乗る予定だったが涼しげなビールの看板を見つけ駅前の小さな食堂に入る。ビールとチューハイ、どちらも糞ほど冷えていて美味かった。それからホームで電車を待つ間も木陰や線路に夏の訪れを見つけていた。

この日も俺は休み。夕方からライブを見に出かけた。今出川まで歩いていく。途中缶ビールを買って飲みながら歩く。NJが事故で記憶喪失になった時に運ばれた病院を通り過ぎ、何軒か嘘臭い飲み屋を覗きながらソクラテスに着いた。openまでまだ30分もあったのでスーパーでハイネケンを買い賀茂川まで行ってベンチに座った。顔の周りを羽虫が飛び交うが少し酔った俺にはどうでも良かった。少しして豪と落ち合う。彼も初夏らしく革ジャンの袖を切り落としていた。

イベントの転換中は濃い目の水割りを、ライブ中はビールをそれぞれやりながら俺は楽しんだ。DEEPCOUNTもwarheadも、それぞれがそれぞれの想う故人へ曲を捧げていたのが印象的だった。五月は死の季節かな。俺にも思い当たる人がいた。それはもう少ししたら書く。

夜は毎日あっという間に過ぎる。帰り道ふらふらになりながら川沿いを歩いた。生臭い川の匂い。すれ違う人はいただろうか?タバコを反対に火を付けてしまい一本を無駄にした。それは覚えてる。あとはどうでも良い。なぜか妙に忘れられないこと。誰しもそんなことがあると思う。俺はそれだけを大事にしまっておきたいと思う。衝撃や感動は忘れてしまいたい。理由の無い経験こそ面白い。文章がこのような方向に傾くと俺はどうも苛立ってくる。糞にもならん嘘物の情熱へ。それを疑わずして受け入れる思慮浅き者達へ。空疎なる者達へ。俺は何故いちいち腹を立てる?自分のことで精一杯のはずなのに。俺は本当はこんなに苛立っていたくない。

ライブは4日。theorem gt.明和さんの三回忌だった。今年から俺はこの日を主催側として過ごすことになる。PAもやった。案の定糞疲れた。動員は反省の一言。内容は満足の二文字。関わってくれた人は持ち帰ったであろう気持ちがあると思う。うまく言葉に出来ないことこそが大切にすべきことだ。俺はね、本当にそう。最近はライブで喋ることが面白いほど自分にも強烈だったりする。何の制御も無く喉から弾け飛ぶ言葉が一番良い。(良い、とはあくまで俺個人に対して) 何かと闘っている。それが何かはどんどん分からない。音楽は好きにやれば良いだけの単純なもの。心は、分からない。

令和を待たずして他界されたミチロウさんにも俺は深い哀悼の念を抱いている。深い深い鮮明な光景を俺はいつでも思い出せる。俺はまだ死なないと思うが、死ぬかもしれない。分からないことが面白いという理由の根底はそういうことかもしれない。

写真は対岸の街と漆黒の湖。

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無題

4月の終わりは無味乾燥としている。多くの人はもう5月を待ってる。21日よく晴れた昼間の星池公園に居た。ライブを控えた俺と火暗し、二人でベンチに座っていた。それにビールと缶コーヒーが並ぶ。2〜3年前共にA級をやっていた頃は毎日のように顔を合わせた彼。どうでもいい話は無かった。生活、音楽、表現、そのどれもが自分の目で見てきたことであり、人に会って話したいことの全てだ。時折やってくるサッカー少年達の暴れ球に会話が遮られることさえどこか心落ち着く感じがした。こんな日は5月だ。まだ4月のはずだったが。

先の話をすれば夏前に鹿児島遠征が決まった。東京でも二日間のライブが決まりそうだ。今はローストブレンドを巻いてるがその頃にはまたバニラフレーバーを吸っていると思う。俺は西日本へ望郷の想いがある。悲しい歴史を持った西の街へ行く度、俺は必死に何かを持って帰ろうとする。住み慣れた自分の街で糞にもならん毎日なんて当然。文句は置いていけ。自分自身に正しく生きる奴を見ると俺もまた靴紐を結び直せる。どうしたら良い?どうにもならんよ。大切なのは作り続けること。それくらいだと思う。前進と言い換えることもあるが、日々に身を淀ませたまま作り続けるという姿勢に最近は惹かれる。ふと何となくそう思うので''惹かれる''と表現する。

日付が変わり24日の午前4時半に書く。今日はSOOZOOのイベント。夜鳥の号令は俺がベースとしてバンドに加入してから始まった。今夜も四条烏丸を酔っ払って歩くだろう。大きな声も出すかもしれん。もし君が彷徨うようにして辿り着いたのなら、お湯割りを飲めばいい。浮ついた仕事も、人に言えない秘密も、癒えない過去も、身体を温めればほんの少しはマシだと思う。

theoremのアルバム発売日だ。明和さんの遺書にあった「胸の熱くなるようなアルバムを」という勝手な約束を昂然と果たしたtheorem。ファイヤーバードが鳴る。聴こえてくるのは英雄的でも悲劇的でも無い、唯何らかの意思を持った音。人間がやる必要性が奪われ始めた頃、光を失わない音。

無題

明日は雨が降るという。冬の残党が猛威を振るうとも聞いた。さっき外で雨音がしたような気がしたが、今はそんな気配は無い。日付が変わり4月10日の深夜1時半を前にした頃。tedは気持ちよさそうに眠り、俺はブコウスキーを読んでた。そして少しだけ書いて眠ろうという気分になった。

自分の中にどうしようもなく燃え立つ想いがあり、しかし強固な自制の内にそれが静かな炎として揺れている。大空に立ち昇る爆炎と、雲のように形を変えるアイデア。それが俺が俺を放さない興味。糞面白くもない他人の表現に心が騒めくことすらが空疎。

俺は旅に出たい。全てが終わって目的も滅した時、旅というものだけが導いてくれる気がする。他には何も無くなったようだ。そんなことって最高じゃないか!現在というものはどうしても薄手なチリ紙みたいに思える。燃えもすれば見失いもする。それは極簡単に。

昼間、もう何年も会ってない東京の知り合いに電話をしてみた。なぜ思い立ったのか自分でも分からなかったがそうした。電話は通じなかった。留守電にメッセージを残してみたが未だ折り返しは無い。東京に居ながら孤島で暮らしているような、断絶的な人だった。今は夫婦で病を分かち合いながら生きているらしい。夫婦でバンドをやってたし、素晴らしい音だった。俺は彼の、彼女の、声が聞きたい。明日再び電話をして反応が無ければ時間を空けようと思う。重荷にさせたくない。