low days

Kyoto Japan No Fun / PIANOGIRL vo. diary

無題

9月7日 8:45 tedを烏丸御池ハローワークに送ってそのまま向かいでtoeと2人車で待つ。
ほんの30分ほどで彼女は戻り、俺たちは腹が減ったと言いながら家に帰った。
簡単な朝飯を食い、寝不足が続いていたので昼寝だ。扇風機。猛烈だった夏も徐々に去る。

昼を過ぎた頃に隣駅のパン屋へドーナツを買いに出た。少し曇った空で風も吹く。
家ではコーヒーの豆がもう無くなったらしい。たしかインドネシアの豆だったか。

14:15 ヒロシマの姉にリモートで取材を受けた。
何年も勤続した教員を辞めてコーチングという新たな導育の形に発起し、様々な生き方をする大人達に話を聞いているのだという。
俺は俺が喋れることだけを喋った。そうしてコーヒーを二杯飲みカーテンの向こう小さな庭を意味も無くちらちら何度も見た。

ドーナツを食い終わったら来年から始まるtoe保育所のことを考えた。見学希望の電話を数件。口内炎が痛くて上手く喋れない俺はtedにすべて電話をして貰う。電話口に耳を寄せて話を聞いていた。

18:00 出勤。三階ギャラリーの下見で島本さんと友人が来られた。島本さんは大阪府島本町に魅入られた写真家で妙な雰囲気を持ち、俺個人としてはとても気になる人。この夏メールインタビューをして彼についてのZINEを作った。近頃発行を予定している。

深夜にはナガトモと囃子物の録音をする予定だったが、激しい雨が降ってきたので延期にした。だが予定していた時間に雨は止んでいた。ハハ。やっぱしやればヨカッタナーと思いながら帰路。

家に帰るとキッチンの机でtedが運動靴にビーズを縫い付けていた。その猫背といい、狭い台所といい、細い糸や小さな粒といい、それらはなんでもない一日を丁寧に編み終えようとする姿に見えた。

そう見えて、俺はというとパソコンを開いてこれを書き始め、書き終わった。

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フランスの友達のバンドに描いたアルバムカバーの下絵。ものぐさな自分には珍しく、頼まれたその翌日には完成を迎えた。Jade.という速くて良い曲だった。

平和都市二条

仕事終わりたまたま居合わせた長友さん(Ba.)と一緒に歩いて帰ることに。彼の酒が無くなったので御池通りのセブンイレブンに寄る。すると酒売り場でオッサンに話しかけられた。外国人の若者を舎弟のように引き連れた汚いオッサンは長友が背負うベースに反応して、お前はギタリストか?と言う。俺の店に来い、すぐそこだ。

オッサンはバイクの元プロレーサーで今は修理の店を営んでるようだった。解体された750ccと、壁にはストラトタイプが何十本も吊るされている。俺も長友も今夜は岐路を急いでた。俺は汚い灰皿に灰を幾つか落として、もう帰らないといけないと伝える。オッサンは聞く耳を持たないが、外国人に出身を訪ねるとネパールだと答えた。俺は扉を閉めながら山が好きだと伝えた。今度バンドのギタリスト(NJ)を連れてくるからね、とオッサンに言い残して俺たちは御池通りに戻れた。確かオッサンは最後、懇意にしてたスキマノザラシの亡くなったギタリストのことを話してGood Night!!と大声だった。

1:46 帰宅してシャワーを浴びてこれを書いてる。どーでも良いがレモンチューハイを飲んでる。美味い不味いの何ページも前に在る酒。はは!でもね最近好きでよく飲んでる。さっきtedとtoeが眠る部屋に忍び込んだ。室温が少し暑い気がしてtoe(息子)のパジャマの胸元牡丹を外してみたのが二時間前。未だ彼から不平不満の泣き声は無い。

そういえばネパールのこと好きなのは「ヒマラヤ」は勿論だが本当は『シェルパ』の話をしたかった。さっき、この店に二度と来た奴はおらんとオッサンは嘆いてた。

 

 

 

表は薄ら明るい。今は7月1日の午前4時半を過ぎた頃。少しの湿気があり、タイマーで切れたエアコンを慌てて付け直したところ。妙に目が覚めたので少し書く。

6月頭に新しいアパートに引っ越し、新しい町での暮らしが始まり最近ようやっと落ち着いた感じがある。昨夜tedが言った。今年ももう半分が過ぎたね。俺は普段本当に何も考えてないので時間の感覚が無い。でも季節が移ろうことを細やかに愛しく思う。

ここ最近仲良くしてるフランス人がいる。名をquentin(カンタン)と言ってGROWLYビルの近所に住んでいるので本当によくこちらに顔を出してくれる。彼は日本語、特に漢字に対して猛烈な興味を持っていて、3年以内に常用漢字を全て理解するのが夢だと語る。本当に綺麗な漢字を書く男。今日会うと会話も上達していて、凄いね!と俺は心底のグッドポーズをして見せた。

出会った夜はコンビニの前で夜更けを飲んでた。坂本龍一のとある曲の話になると顔色を変えて、自分のアパートに一度帰っていいか?と言う。すぐそこだから待ってて、と。しばらくして彼は小さなノートを持って戻ってくる。鼻息荒くノートをめくりその曲について日本語で色々を書いたページを見せてくれた。会話はまだ拙い日本語だったがノートのあらゆるメモ、その筆圧と黒々しさから彼の燃えるような想いが伝わってくるようだった。

カンタンは写真をやってる。来週からGROWLYビル三階で彼の写真展を開催する。故郷フランスの町、人、そして日本での生活。それらを彼なりに切り取った作品達。詳しくはまた発表するが、俺としても新しい試みなので此処で宣伝しておきたかった。

仕事から帰ってシャワーを浴びたところ。23:54。終日微量な雨が滴っていた。もう一人、大阪北部の島本町という小さな町に俺の好きな写真家がいる。春に彼にメールインタヴューをした。次のNo Fun Zineとして発行する予定で、最近は空いた時間でその編集をしている。人に注目し、その人のことを様々な角度を持って考えるのは面白い。身の回りの奴ら全員にインタヴューしたいくらいだ!

風の噂と入れ知恵と、陰口ばかりの世界に密やかな電池残量みたいな仲間達。世界に発信して共感や幸せを得ることこそが素晴らしいという風潮に俺は完全否定の立場を取る。公式と非公式が良い塩梅でミキシングされるネット先進国は分かり易い。

興味が沸く奴、癪に障る奴、その誰もと一対一に話すこと以外に必要なこと、俺には分からない。

 

 

無題

眠る前に腹が減ったかも。夜、コンビニまで行く通り。車高の影からこちらの様子を伺う野良猫たちが居る。空に台風の予感が有る。目が合うと彼らは警戒して決して笑わないんだ。本当のことは恐怖の中にだけあるって、俺もそう思想する。吹き荒れる風が眼鏡の横に垂れる髪の毛を乱して、今日も一日疲れたなーと見上げると頭上には青くて赤い月!

その下に居る俺たちは金が無いとか心配事だらけだとか、好き勝手言う。当たり前、その言葉に音楽は聞こえてこない。だが、そういうのをドラムやベースに世話して貰うと面白かったりもする。

時代性というか、時の経過でしっかり古くなったりダサくなったり、変に若作りせず一汁一菜な生き方。風に当たり日焼けし自分の指で頁を捲る日々。それを忘れてしまっては偽善的で薄情者で皮膚なんかいくら塗りたくったって全て剥がれ落ちるだろう。

飼い犬が死んだ日の朝を思い出している。彼は茶色いくて小さくて騒がしい生意気な奴だったが、一緒に町を駆け回ったり炬燵の中で眠ったり、彼についての歌を姉達と創作して歌ったこともあった。三拍子で、栗の木がどうたらとかいう詩だったと思う。死の年、俺は京都で本当に好き勝手やってた。その日に広島から訃報があり朝一の新幹線で帰った。二階の寝室で薄い毛布に包まれた彼と久しぶりに会う。垂れる汁を拭うため鼻にはティッシュが添えられ四肢は枯れ枝の様に痩せ細り、カーテンの隙間から刺す朝の光に幻惑されるようだった。俺は訳の分からんTシャツを着てて、ティッシュの箱を握りしめてた。8月の暑い日。それから田舎の小山に埋めて粗末な石を置いて目を瞑った。そこからは田んぼの青々とした稲が海のように波打つのが見えた。彼の小さな墓標は不自由なことなんて何も無い様子で、石としての冷たさや静けに諦めるようだった。俺は山火事にならないよう、携帯灰皿に吸殻を突っ込んで、下山した。

無題

扉を開けたら激しい雨。駐車場の端で立ち止まる。同じように立ち止まり煙草を吸う男が居た。彼は先輩で、クラシックギターを弾いて唄う人。どうも、俺も一本吸っていいですか?

それから、俺は少し酔ってたので自分の話ばっかりしてた。先輩はずっと軽やかな相槌をくれて、多分吸う予定もなかった2〜3本、その煙を静かに夜に吐き出してた。そうこうして雨が上がったら、ヘルメットの紐を締めてさようなら。4月の18日の記録。

21日 仕事が終わって帰り道。高架下のスーパーの駐輪場で若者が3人地面に座ってる。一人はエレキギターをペチペチ弾いてた。バンドの練習帰りか、どうしても今聞いて欲しいんだと言わんばかりの演奏の様子だ。俺は通り過ぎながらジロジロ見てた。向こうもこっちをチラチラ見てた。

翌日はNo Funのライブだった。昼間体調は良かったんだが、本番になると少し身体が重い気がしてあー俺は一体全体なんてクソ野郎だと思ったね。時間と体調のコントロールはいつまで経っても正解が無い。たぶん本当に無いんだと思う。この日、右足が不調な小椋に変わって古和田がメインドラムを担当した。思うように足のコントロールが効かないという小椋。これは職業病なので皆でサポートしていくのが良い。古和田のドラム、良かった。でもライブが終わって彼は俺に言う。

やりにくそうでしたね?

そんなことないよ。

俺が思うに古和田も小椋も新しいポジションを楽しんでいた。俺も楽しかった。これは人生な気がする。地に足を付けてやれば長い。長い尺の中に多くの色を散りばめたら。何がどうなろうと命さえあればどうにでもなる。どうにでも出来る力を身に付ける。でもそれ通用しないのが戦争、暴力だったりする。だからそれらにagainst。街の水溜まりが他人事のようにきらきら光ってる。これを書きながらそういうものが目に入ってしまう。

無題

昼間出勤途中、鰻屋を探す白人に話しかけられた。Sorry, Where is this? Next street, Turn Right.Other side.Thank you. You're welcome.Unagi keeps you waiting long time. It takes a so long time. So, You can drink Japanese SAKE with Unagi's liver.It's called White Liver. Try it !!

そして今は帰り道。ちょうど話しかけられた通りを歩いてて昼間を思い出した。夜はまだまだ寒い。もう一つ昼間の話。府議員選挙の日だった。近所の小学校に投票へ行く。顔つきが一番アホみたいな奴に投票した。野党ならどこでもいいとtedに教わったしね。それからパン屋に朝飯を食いに入った。サラダとピザみたいなやつを注文したがいつになっても出てこない。出勤時間が迫っていたのに随分待たされて俺は苛ついてた。壁に掛けられた絵はただ青い油絵の具を一面に塗っただけで''Blue Silence''と名付けられた代物。色彩感覚の強いtedはそれを複雑な色調合がされた青色だと言ったが苛立つ俺には全く稚拙で嘘まみれの青に見えた。

今、雨が上がった御池通りを歩いている。仕事で12時間音を浴びて耳は疲れてるはずなのに先日のNo Funスタジオのジャムを聴いてる。ヨーロッパツアー中のNJに新曲だと告げて17分の録音を送ったらどんな顔をするかな。俺、ここ何年かリバーブへの愛憎がある。アナログもデジタルも、意図した効果に心が動かない。昔木屋町の小さなハコで見た或るバンドが一切のエフェクトを使用せず演奏が進み、俺には空間を漂流した残響音が聞こえてしまった。真のリバーブってやつ。あれはもう二度と聞こえない気がする。幼い頃、買ってもらえなかったオモチャは自分で作ってた。頭ん中では響いてるんだが、結局他人が決定したら事象だ。事実は他所に存在せず自分の肝にあるはずだけど。

視力が落ちてきたので新しい眼鏡を作りに昨日街へ出ていた。視力検査もして気に入って買ったはずなのに家に帰ってケースから出したら今持ってるやつとほとんど形が一緒で、肝心なレンズの見え方もほぼ変わらなかった。なんだろうな。俺は多分アホでテキトーなのかな。真面目なこと増えてる気がしてたのは気のせいだったね。それからスタンドで飲んで(sax.海は良い声を出して働いてた。)ふらつきながら帰った。家に着くと少し寝て、それから少し起きて、よう分からん一日が続いてた最近を思うと何らかの破片が見え隠れする今日。気分が良かった。口内炎は苛つくほど痛かったが。

無題

今日はたくさんの人と話した一日だった。誰もが各々の価値観や抱える病、過去を匂わせ現在を誇り、またその逆もあったり、個人の経験則では測れない心のグラデーションを見た気がした。半袖で歩いた昼間が嘘みたいに寒い夜を歩きながらこれを書いてる。これがもしも夏の終わりだったら、涼しくなったもんだと嬉々として歩を進めているかも。薄手のジャージを透過する冷たい空気が四月を教えてくれている。

怒りを鎮めよう。時には。

これは他人からしか教われないこと。強大で凶悪な暴力には怒ろう。街灯だけが帰り道を照らす時、ほんの少し何かを許せる気がする。その何かは、なんだろう。一体、なに。考えるより前にこうしてweb上の文字にしてしまう俺には到底辿り着けない正体がそこにはある気がして。

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写真は昔、島原の町屋の壁にtedと描いた獅子の絵で、俺はとても好きな絵だったんだが今はもう消されてしまったらしい。ふと携帯で白黒に加工して、消された事実を想ってみた。