low days

Kyoto Japan No Fun / PIANOGIRL vo. diary

6月最初の日。

 

9時に起床。薄灰色の雲の隙間から光がだらしなく漏れている。約一ヶ月もの間東京で劇団公演をしていたチーコが早朝、我が家に帰って来ていた。大きなキャリーバッグが2つ。リビングに置かれたそれは30日間の疲労と充実を物語るようだった。

今秋、ピアノガール2枚目となるフルアルバムが発売される。テーマは青空。

ーそれは悲しい。眩い空を見上げるとそこには、死んでしまったあいつや俺の手には負えなかった悲劇が浮かんでいるような気がする。生きとし俺たちにも居場所なんて無くていい。ただ今日も青空の下を歩いている。どんな顔をしている?

少し日が遡る。26日、東京の先輩が亡くなったと知る。8年ほど前にWHOOPEESで出会い、それから付かず離れずの関係だった人。朝方の事故で失命したという。タフな人だったのに。遺族の許しがあれば、GROWLYから連名で供花をしようという話がある。

アルバム制作中、身近で数々の喪失があった。その分、新しい誕生もあった。新しい生命は勇気を胸にくれる。喪失と誕生、その両方が興る度俺は思う。世界は俺たちの手の届かない所で回っているね。死にたいのに生きてる奴もいれば、死にたくないのに死んだ奴は天国で泣いてる。この雨は君が流してるんだね。死にたいのに生きてる?連中の言う表現の自由?もはや誰の手中にも無い生命の行方。

アルバム発売に伴い、自主レーベル「Displaced Records」を立ち上げた。難民、居場所の無い、という意味のDisplaced。舞台はもちろん全国。レーベルから一作目となる今作は無駄な力の抜けた、純粋なパワー。今の俺達らしい作品になったと思う。タイトルは「青天井」と名付けた。

前メンバーが全員脱退してから約二年。当時を少し思い返す。

俺一人になったピアノガールにまずDr.のファイターがサポートとして加入してくれた。他にもLONEの浩之が叩いてくれた日もあった。ベースは元nimの章ちゃん。sewiの河野さんもベースを弾いてくれた。様々な人に助けてもらいながら(これは本当に助けて貰ったという感謝がある。)夏、スリーピースの編成で全国ツアーへ飛び出した。全国のライブハウスへ、俺なりのケジメだった。これからもピアノガールは新しく生まれ変わり続けるんだと。ツアーファイナルはワンマンライブだった。動員は70人。うち50人ほどは身内の仲間だった。今までのワンマンライブでは100人を超えるお客さんが来てくれていた。バンドの変化に伴い、お客さんは実質2割に減少した事実を俺は受け止めた。と同時に心から音楽に胸が踊る感覚を取り戻しつつあった。真っ青なそれが俺を包み込んで、何処とも言えぬ場所へ連れていってくれる。青空を泳ぐようだった。そして去年、ギターのNJ、ベースの豪が加入。四人編成、タフなバンドが産声を上げた。

31日。深い眠りだった。朝8時のアラームが鳴った記憶がなく、目覚めると10時を過ぎた辺りだったように思う。表に雨の様子は無い。昨夜は湿った夜で、関西地方にも梅雨入りの気配があった。仕事は14時から。とりあえず飯を食うことにする。バイクで近所のスーパーへ。袋麺を買う。店を出ると豪雨。俺は叫んだ。冗談じゃない!ずぶ濡れになって家に戻った。

ラーメンをすすりながら自分の唄を聴く。さまざまな解釈がそれぞれの空を染めるだろう。これから先どうなろうと、糞ったれたまま前を向いて歩けるだろう。

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